「たまにいるずっとラブラブな夫婦の理由の予想」/カレー沢薫

今回のテーマは「たまにいるずっとラブラブな夫婦の理由の予想」である。

テーマを見た瞬間、うるさいし知らないしFINALFANTASY、となってしまい、気づいたら「ずっとラブラブな夫婦 秘訣」でググっている俺がいた。

こんな質問にもファイナルファンタジることを許されないのがグーグルの辛いところだろう。

だがこの「ずっとラブラブな夫婦」という言葉に対しタンを吐いたり白目を剥いて寝る人間こそが、ずっとラブラブな夫婦になれない人間の特徴なのかもしれない。

日本には、結婚したら現実と生活に追われ、ラブラブなどと同じ単語を2回言っている暇もなくなり、恋人ではなく「家族」と化し、子供なんか産まれた日には、良くて戦友、悪くて除かねばならぬ邪智暴虐の王になるのが当たり前という意識があるような気がする。

そんな固定観念に縛られているから「ラブラブな夫婦」という言葉に拒否反応を示し「そんなものはない」と横山関羽顔になり、実際ラブラブな夫婦に対して「まだお前たちは厳しい現実にぶち当たってないだけ」と腕を組むか「セックスでケンカする体力と思考力をなくしているだけ」と言ってニチャアと笑うしかできないのである。

そんなラブラブな夫婦の存在をハナから信じていない奴がラブラブな夫婦になれるわけがない。

おそらく日本は、結婚したらカップルではなく、家族、そして子供が生まれたら親としての役割を優先すべきという考え方が強いのかもしれない。

よって無意識に家族である妻とラブラブするのは、親父とラブラブしているのと同じという感覚になってしまうのだろう。

さらに「結婚したらちゃんとしなければいけない」という意識も強い気がする。

だが、ちゃんとしていることとラブラブは相反する訳ではないし、親父と恋人繋ぎでショッピングするのが悪いわけでもない。

もちろんラブラブの定義にもより「いくつになっても人前でペッティングしている」という意味ならもう少しちゃんとした方が良いと思うが「いつまでも仲が良い」という意味ならちゃんとしていることと両立する。

むしろ、子供の前で平気でパートナーを甲斐性なしやズベ公と罵り合う夫婦より、仲が良い夫婦の方が親としてちゃんとしているとも言える。

どちらにしても、仲が悪いよりは良い方がいいに決まっている。