七転八倒と家全焼を繰り返して家事をするより外注がいい「夫婦の思い出の写真」/カレー沢薫

今回のテーマは「夫婦の思い出の写真」である。

我が家の玄関には3枚ほど二人で写った写真が飾ってある。

ハワイの新婚旅行、USJ、そしてスカイツリーで撮ったものだ。

ちなみにユニバーサルスタジオジャパンを「USJ」と呼ぶのは中年の証であり、若者はユニバと呼ぶそうだ。

私は人様のお宅の玄関まで入れてもらえることが滅多にないため、他所の玄関がどうなっているのかは知らないが、ツーショット写真が3枚も飾ってある玄関というのは、相当浮かれているように見えるのかもしれない。

しかし私たちが二人で写っている写真は結婚式を除くとこの3枚しかなく、その貴重な3枚を紛失しないためには玄関に飾るのが1番なのだ。

現在の携帯電話には大体カメラがついている上に、撮った写真はデータとして保存されるようになった。

よって昔よりも格段に、思い出を記録しやすく、そして保存しやすくなったといわれている。

だが個人的には完全に逆なのである。

もともと私は滅多に写真を撮らない。
今のスマホも2年ぐらい使っているがフォルダには写真が72枚しかなく、そのうち47枚はソシャゲのスクショである。

ちなみに残りの25枚は先週出席させてもらった結婚式の写真だ。

つまりその結婚式がなければ写真は実質0枚であり、それ以前に「カメラを使ったことがない」ということになってしまう。

さすがにそれはないだろうと再度探したところ、電球を買い替えるために撮影した「型番」の写真が発見された。

私がなぜ写真を撮らないかというと、撮ったところでその後何もしないからだ。

まだ「パ」の部分の消えたパチンコ店看板であれば、嬉々としてTwitterに上げるなど使い道がある。
しかし己のツラが映った写真など撮ったところでそこからどうにもしないし、辛い時にスマホにある己のツラを見返して元気を出す、ということもしない。

むしろ余計元気がなくなってしまう恐れがある。

アナログからデータに移行し、記録の保存が簡単かつ半永久的になったと言うが、実はデータを保存する媒体の寿命は意外と短く、フィルムなどアナログ媒体の方がまだ長持ちだったりするのだ。
また安易に撮影ができることから撮りすぎてしまい、どこに何の写真があるかわからなくなっていることも多いだろう。
このような時、片づけられない人間はコツコツ整理するのではなく「面倒だから一回一からやり直そう」という「リセット癖」を発揮してしまい、池の水全部抜く感覚でスマホのデータを全部消してしまうことの方が多いのだ。

つまり、データというのは、それらを整理、どこに何があるか把握し、マシントラブルで消えてしまわないよう、半永久的にバックアップを取りつづける「マメさ」があって初めて記録方法として優れるのである。

それが出来ない人間は、スマホやパソコンを故障させたり買い替えたりするたびにデータも失うので結局何も残らないのだ。

逆に一度プリントされたアナログの写真は、何かの間違いで捨ててしまうか、家が全焼しない限りは跡形もなく消えるということはあまりない。

パソコンやスマホは一生のうちに何度か買い替えるだろうが、家が全焼することは1回か2回ぐらいしかないはずである。

よって、私も二人で出かけることがあれば、一応スマホで写真を撮ってみたりはするが、そのあとプリントしたりバックアップを取ることがないため、結局今手元には何も残っていないのである。

そして、そうなることが分かっているため、今では最初から写真を撮らないのだ。