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  • 2017.08.17

座って観たくない。もはや、叫びたい。恋の衝動がすごい『ベイビー・ドライバー』

子どもの頃の後遺症で耳鳴りが止まない通称“ベイビー”は、犯罪組織のドライバーから足を洗い、想いを寄せるウェイトレスと共に遠くの町へ逃げることを夢見る——。『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ』のエドガー・ライト監督最新作。

『ベイビー・ドライバー』の劇中画像

 観終わると興奮が収まらず、まるで音楽を嗜むように2、3回リピートしたくなる。座って観たくない。立って拍手を送りたくなる。というかもはや、叫びたい。

 ハンドルを切り、アクセルを踏み、公道を突っ走る。そんな映画は今までに呆れるほどあったはずだ。でも、それとは全然違う。
ここまで音楽がもたらす衝動を映画にした作品は、いまだかつてあっただろうか?

 サントラが魅力的な映画は数あれど、サントラ自体が主人公の頭の中で鳴り続けるプレイリスト。
前代未聞のロックンロール・カーチェイスムービーが、それを作ることを10代の頃から夢見たイギリス人監督によって誕生した。

 『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ』など斬新な映像スタイルで支持されているエドガー・ライト監督が、舞台をイギリスからアメリカに移してとんでもない傑作を生み出した。
『きっと、星のせいじゃない。』のアンセル・エルゴートと『シンデレラ』のリリー・ジェイムズというトレンディな配役に加え、ケヴィン・スペイシーやジェイミー・フォックスといったベテランのオスカー俳優が名を連ねる。

過去のトラウマから「逃げる」

『ベイビー・ドライバー』の劇中画像

 オープニングのカーチェイスシーンから度肝を抜かれる。銀行強盗を“逃がす”ために、好きな音楽を奮起剤のようにイヤホンから垂れ流し、天才的なドライビングを見せつける。
音楽がBGMとして機能するだけでなく、完全に脚本に組み込まれたかのような必然性を持っている。

 映画にしかできない表現のオンパレードだ。
音楽と同期した編集センスは、銃撃戦までもピストルの撃つリズムがビートを刻む。アクション映画ではありえないことに振り付け師がいて、まるでミュージカルのようにキャラクターの動作が音楽と噛み合う。

 しかし、ただ単純にスタイリッシュな音楽映画ではない。音楽はイヤホンによって耳を塞ぎ、現実の厄介な喧騒から遠ざける効果を持つ。過去のトラウマから逃れるためにベイビーは大音量で耳を塞ぎ、今も亡き母親を想い続ける姿は“ベイビー”と呼ばれる所以だろう。

 誰にも知られたくない過去がある者だっている。“逃がし屋”の物語であることも、バディの過去がバッツによって暴かれるくだりも含めて、本作は「逃げる」ことがテーマになっているのだ。

音楽の内向きの楽しみ方から、
外向きの衝動へ

『ベイビー・ドライバー』の劇中画像

 フェスでワイワイ盛り上がったり、肩を組んでみんなで合唱するのも音楽だ。でも、本作のノリはそれとは全く違う。イヤホンによって音楽と一対一で向き合う内向的嗜好が原動力として描かれ、インナーワールドを助長させる音楽の魅力が十分すぎるほど詰まっている。

 やがてその内向的な楽しみ方は、ベイビーが想いを寄せるデボラの登場によって外に向き始める。「逃げる」ための音楽に新たな光が差し込んでくる。二人でイヤホンをして心を通じ合わせていくことで、音楽がただアクション映画を盛り上げるものから恋の衝動へと変化を遂げる。

 ベイビーは今の仕事から足を洗い、デボラと恋の逃避行を決意するが、犯罪組織はそう簡単に許してくれない。そこで従来のアクション映画と大きく違うのは、命を大切に描いている部分だ。
主人公以外が虫けらのように死んでいく作品と違い、ベイビーは人間としての心を持っている。人が傷つくことを恐れ、ただ逃がし屋の仕事に従事する。それは母親への想いや、聴覚障害を持つ養父との関わりや、そしてデボラとの交流からも伺える。

 アクション映画から一歩引いた視点で描き、とはいえアクションシーンには容赦ない迫力をもたらすバランス感覚が、近年稀に見る興奮を味わせてくれる。

 音楽を聴くことで自分が強くなった気がする“あの感じ”が、初めて映画化された。
食べることと寝ることだけでは、もう人間は生きていけない。それ以外の原動力が必要なのだ。それが音楽にも映画にも求められている。

 はっきり言って、しばらくそれはこの作品一本で十分だ。

ストーリー

 天才的なドライビング・テクニックを買われて、犯罪組織の“逃がし屋”として働く若きドライバー・通称“ベイビー”(アンセル・エルゴート)は、iPodから流れる音楽によってその能力を発揮させる。

 子どもの頃の事故の後遺症で耳鳴りが止まないベイビーは、イヤホンで音楽を聴くことで耳鳴りが消え、まるで覚醒したように凄腕ドライバーへと変身する。

 ある日、ベイビーはレストランでウェイトレスのデボラ(リリー・ジェームズ)と運命的な出会いを果たす。音楽の趣味が合い、心を通わせていくうちに、犯罪組織から足を洗うことを決意するベイビー。だが、彼の才能を組織のボス・ドク(ケヴィン・スペイシー)はそう簡単に手放さない。逃がし屋としての新たな“仕事”が、ベイビーとデボラの未来を脅かす――。

8月19日(土)、新宿バルト9ほか全国ロードショー


監督・脚本:エドガー・ライト
キャスト:アンセル・エルゴート、ケヴィン・スペイシー、リリー・ジェイムズ、エイザ・ゴンザレス、ジョン・ハム、ジェイミー・フォックス
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
原題:Baby Driver/2017年/アメリカ映画/113分
URL:『ベイビー・ドライバー』公式サイト

前売り券
Text/たけうちんぐ

次回は <女は男に守られる?そんな昔の常識の息の根を止める『ワンダーウーマン』>です。
女性だけの島“セミスキラ”に不時着したアメリカ人パイロット・スティーブを助けた事から、その島のプリンセス・ダイアナは外の世界で起きていることを知る。「世界を救いたい」と強く願う彼女は、故郷をあとにする——。DCコミックスで唯一の女性ヒーロー・ワンダーウーマンの待望の実写化。

ライタープロフィール

たけうちんぐ
ライター/映像作家
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