他の誰にもなれない。私はこの体に乗って旅をしている/姫乃たま

永遠なるものたち030「身体」

by Sergi Dolcet Escrig

 竹芝客船ターミナルから高速ジェット船に乗って、伊豆大島まで1時間45分。
「1時間45分あるから眠ろう」という行為が、私はいつからできるようになったのでしょう。

 釣りは友達のお父さんたちや、祖父に連れて行かれるものだったけど、大人になったいまは友達が連れて行ってくれる遊びになりました。
 竹芝客船ターミナルは空港からビジネスマンがいなくなったみたいな場所で、だいたいの人が釣り道具を持っていて、軽装で出航の時間を今か今かと待ちわびています。

 私は最近釣りに熱中している女友達と、寝坊してきた編集者の女の子と合流してジェット船に乗り込みました。
 朝早かったので、3人共座席に座った瞬間から眠りに落ちそうです。

 子どもの頃は時間の感覚がちっとも掴めませんでした。
 まだ時計を読めなかった頃、母親がもう限界といった様子で「20分だけ寝かせて」と言ってきたことがあります。
 私は「20分」がわからなかったので「どのくらい?」と尋ねると、母親はオレンジ色の服を着たミッフィーの置き時計を私に持たせて、お腹の秒針を指差し「これが20周するまで」と教えました。
 昼下がり、母親が眠るタオルケットの中でうつ伏せになって、秒針を指で追いかけているうちにいつの間にか眠ってしまったようです。
 目が覚めるとすっかり夕方になっていて、タオルケットの中は私ひとり。明るいリビングで夕飯の支度をしている母親の姿が見えました。

 窓の外の海を眺めながら、こんな風に遠出をしなくても、私はこの体に乗って旅に出されているような感じがずっとしています。

 なぜなら、人生のはじめの頃から、慣れない体はとても不思議だったから。

 たとえば、初めて自分の手の平の汗を見た記憶。
 まだ私は自分で起き上がれなくて、自分の手の平にどこから来たのかわからない液体を見つけて無言で驚きました。
 瞼を閉じると、へんな形の光がうごめいて見えること。
 指先にライトを押し当てると、血管が透けて薄い赤色に見えること。
 右足の爪先は、右の脛にはくっつかないこと。
 眠った時とは違う体勢で目が覚めること。
 自分の声は録音で聞くと、随分と違って聞こえること。
 手を広げて一箇所でぐるぐる回り続けると、やがて足元がもつれて地面に倒れ込むこと。
 そして目が回って、とても気持ち悪くなるのに、どういうわけか同じ遊びを繰り返してしまうこと。

 小さい頃は、街中で大人に微笑まれたり、手を振られたりするのも不思議でした。幼稚園の先生がゆっくりと丁寧に話しかけてくれることも。
 ある日、先生が先生同士やお母さんたちと話している様子を見ていて、自分が子どもだからゆっくり話してくれているのだと気づいた時は、とても驚きました。
 私は先生じゃないし、大人でもない。つまり、私が私であるということがわかって驚いたのです。
 しかも私は足の速いあの子でもなく、絵の上手なあの子でもなく、サッカーが得意な男の子でもなく、この先もずっと他の誰かになることはなさそうなのです。

 この体で私として生きていかなければいけないことに衝撃を受けました。

生きるための食事

 島に着いて釣りを始めると、思いがけず慌ただしくなりました。
 はじめに手ほどきをしてくれた友人が「海のゴミが増えてるから物が飛ばされないように~」と言っている間にもびゅうびゅう風が吹いています。
 曇っていて風が強く、物どころか自分たちまで吹き飛ばされそうで、心が休まりません。
 釣りと言えば、イスに座ってビールでも飲みながらのんびり待つものだと思っていたのですが、実際は餌を投げては糸を引き上げるの繰り返しでなかなか忙しいのです。

 おまけに初めて釣れた瞬間、「首を折って!」と言われてしどろもどろになりました。
 てっきり宿に持って帰ってから、調理の時に締めると思っていたので、心の準備ができていなかったのです。
 でも自分で釣って食べる魚の命に責任を持ちたいと思って島へ来たので、思い切ってエラから指を差し込みます。
 指先にぐっと力を込めた瞬間、まるで私のほうが首を折られたみたいに心臓が痛いほど強く飛び跳ねました。

 夕飯はもちろん自分たちで釣った魚です。3人で小鯖ばかり十数匹釣ったので、全て揚げ物にしました。
 普段から感謝して食事をしているつもりだったけど、自分で釣った魚は特別です。しみじみと体の栄養になっていく感じがして、お腹よりも先に胸がいっぱいになりました。
 魚たちに生かされた私の体は、お皿が空っぽになると途端に眠たくなって、その夜は泥のように眠りました。