体を追いかけてくる感情
伊豆大島の中心には三原山があります。翌日、曇っていて、蒸し暑い日に、私たちはその山を登りました。
友達が冷凍した枇杷を持ってきていたので、「天才」と褒め称えながら途中で3人で食べました。
火照った体がじんわりと和らぐおいしさです。伊豆大島では大量の枇杷がやけに安く売られています。
それから特に見晴らしのいい場所でもない、何でもない登山道を歩いている時に友人が「今、旅行してるかも」と言いました。「なんか今、急にきた」と。
その時の私はまだ実感がなかったけれど、その気持ちを体感できそうなくらいにはよくわかりました。
旅行をしている実感はいつも後からやって来ます。出発する時のどきどきとはまた別に、旅の途中でしみじみと感じるのです。
私が「今、旅をしている」と思ったのは、下山して温泉に入っている時でした。
お湯で体がほぐれて心まで溶け出していく感覚がして、「今、旅をしている」と確かに思いました。今日はもう東京へ帰る日なのに。
熱いお湯の中で目を閉じていると、体の様子がよくわかります。忙しない旅で終始興奮していたけれど、体は心地よく疲れていました。
落ち着いて呼吸だけしていると、いつでも体は心との状態の違いを教えてくれます。
普段、疲れ果てて横になりたいような時も、実は心が疲れているだけで体は疲れていなかったりすることがあるのです。
体はいつも正直で、感情は後から体を追いかけてくるようです。この不思議な、人生の乗り物である体に。
ふと目を開けると女3人みんな違う体の形をしていて、そしてそれぞれの体で生きていました。
人生が続いていくなら
東京行きの高速ジェット船を待ちながら、港の近くのアイス屋さんで時間を潰しました。
友人と店先のベンチに並んでビーサンの足元をぶらぶらさせていると、お風呂上がりの爪先に風が引っかかって流れていきます。
突然、昨日から曇っていた空が晴れ渡りました。
海は日差しを受けてきらきらとひかり、さっきまで見ていた島が全て鮮やかに色づきます。
昨日からの出来事をもう一度繰り返したいと思うほど、美しい景色でした。
旅をしている実感もようやく湧いてきたばかりです。でも繰り返すことはできません。船はもうすぐやって来ます。
涙で少し風景がぼやけて、自分がこの旅に感動していることにやっと気がつきました。
頬を伝う涙のほうが先で、やっぱり心は体を追いかけてくるようです。
どうしてかはわからないけど、私はこの体に乗って旅をしています。
子どもの頃からずっと、自分は自分として生きていかなければならないことが腑に落ちていませんでした。でも、こうして人生は続いていくのです。
他の誰にもなれないなら、私は自分の人生で何をしたいか。そう考えると体を大切にしたい気持ちになって、それから文章を書いて生きていきたいと思いました。
心は晴れやかだったけれど、高速ジェット船に乗り込むとやっぱり眠たくて、すぐに目を閉じます。
眠りに落ちる時、帰ったらまずはこのことを文章にして誰かに伝えたいと思いました。
Text/姫乃たま
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