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なぜ“誰かがいる空間” で暮らしたいのか?/東京大学・松村秀一教授

おひとりさまブームが依然として続く中、その真逆の価値観を題材とした『東京タラレバ娘』 のヒットには驚かされた。「結婚=幸せな人生」という考え方よりも、多様な生き方が求められる社会になったかと思えば、『東京タラレバ娘』での「東京オリンピックまでに結婚しなきゃダメ!」といった煽りにもまだまだ需要があるのだろう。

東京オリンピックに向けて着々と開発が進んでいる街を見て、「一人だけ取り残されている気がして不安」とボヤいたSOLO編集部の編集者O氏の一言がきっかけで、この記事は企画された。「一人暮らしの家に帰った瞬間に押し寄せる不安をどうにかしたい。独り者が快適に暮らせる住環境について知りたい」と嘆くO氏。
一人世帯の住環境は、今どうなっていて、これからどうなっていくのだろうか。『ひらかれる建築 ――「民主化」の作法』(ちくま新書)の著者・松村秀一先生にお話を伺った。

多様化されつつある一人世帯の暮らし方

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松村秀一先生(以下、松村):今の日本には一人世帯が最も多く、ワンルームマンションに住んでいる人がほとんどなので、『一人だけ取り残されている』という感覚は実は間違っているのです。ただ、そういった一人きりで生きていくという不安からなのか、一人世帯の暮らし方が多様化している流れは確かにあります

――それは例えば、どのような暮らし方でしょうか?

松村:代表的なのはシェアハウスでしょうね。古くは木造賃貸のアパートとかが一人暮らしの代表的な住まいでしたが、これはトイレが共同だったり、自分専用のお風呂がついていなかったり、自分の部屋だけで完結する快適な一人空間とは言い難かった。そこで登場したのがワンルームマンションで、これは家族が住むような部屋を一人向けに突き詰めていった形態の住居なのです。キッチンを小さくして、部屋の数を減らして、閉鎖的な一人の空間を作り上げたわけです

――なるほど、確かにそうですね。

松村:けれど昨今は、一人だからって必ずしも住居の持つ機能をコンパクトにすればいいわけではないことがわかってきたのです。おひとりさまであっても“他人が含まれる空間”に住みたい人は少なからずいるようだ、と。
今までは、このような“他人が含まれる空間”というのは、住宅に必要なものだと認識されていなかったんですよね。ここ数年、“住宅”と呼んでいなかったものが、住宅化していっているのです

なぜ“他人が含まれる空間”に住みたいのか

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――他人との共同生活は気を遣うことも多くて大変そうですが、なぜ“他人が含まれる空間”を求めるのでしょう?

松村:ひとつはやはり寂しさからでしょうね。
昔、シェアハウスが登場したての頃に、住んでいる人に聞いたところ、帰ったときに部屋が暗くなくて誰かがいるのが心地いい、と言っていました。全員で共有しているお茶の間のようなスペースがあって、帰ってきたときに、そこで誰かがスポーツ番組を見ながらビールを飲んでいたり、喋っていたりする。そのまま素通りして自分の部屋にこもりたければそれもよし、話に混ざってもよし。
家族ほどの強い繋がりはなくても、人恋しいときにそれが満たされるんですね

――いくら住人同士でも、“常にみんなで一緒にワイワイする”のを強制されるわけじゃないんですね。

松村:もうひとつには、シェアしたほうが合理的だから、という理由もあります。
シェアハウスだと、一人暮らしでは使えないような広くて機能性も高いキッチンが使えるし、楽器を弾ける部屋やジムがついているようなシェアハウスもあります。このように、個別にやるよりも質の高いサービスを受けられるし、無駄がない、と考えてシェアハウスに住む人もいるようです

“弱い個人”がゆるく繋がる時代

松村:15年くらい前に、文化人類学者の西川祐子先生が『“弱い個人”の時代に入った』とおっしゃっていたんですが、この現代の“他人とシェアする流れ”は、まさにその通りだなと思います。
1937年生まれの西川先生の世代では“個人”というのは“家長”のことでしかなかったんです。妻も子どもも“個人”ではなく、家長という立派な個人のもとにいる人にすぎなかった。西川先生によると、財産や社会的立場があり、人を養える圧倒的な強者だけが“個人”という扱いを受けていたのだそうです

――かつて、父をトップにした「家制度」がありましたもんね。

松村:それに対して、今の“個人”は圧倒的に弱者です。弱い個人が社会と関わるときに、その弱さを補い合うために、弱い個人同士を結ぶゆるやかな絆が重要になってくる、と西川先生はおっしゃっていました。今思えば、シェアハウスなんかもその一種なのではないかと思うのです

――家族じゃない弱い個人同士が、シェアハウスの中でゆるく繋がって助け合う。

松村:そうです。シェアハウスという形がしっくりくる人もいれば、ネットで繋がっている程度でいい人もいるでしょう。個人同士を結ぶゆるい絆が、あらゆる方法で作られていっているのが現代だな、と思います

所有欲をもたずに育った“シェア”世代

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松村:“シェア”というのも今の世代特有の価値観だと思います。具体的に言えば、団塊の世代Jr.より下からでしょうか。分け合ったり借りたりすれば事足りると思っていて、住宅の購入についても、無駄だと思っている人が多いんですよ。30歳のうちの息子も、『家なんて買う人がいるの!?』と言っています。僕の買った分譲マンションで育ったにも関わらず、ですよ。同じ価値観を共有してきたはずの家族ですら、家を買うことについての認識がこうも違う

――私もその世代ですが、確かに一生賃貸マンションでもいいや、と思っています。

松村:かつては、“自分で所有しなければならない感覚”があったんです。財産などを“所有”することで個を確立し、その家族を守っていた。ですが若い世代は、すでに世の中にストックが溢れかえっている時代に生まれました。そのため、自分で所有するよりも、仲良くシェアしていきましょう、という教育を受けてきているように感じます

――成長の過程で“所有欲”が育たなかった世代なんですね。

松村:これは社会情勢なども影響しているのかもしれません。中国からの留学生は、海外で不動産投資をするなどして財産を所有しておく意識が非常に高いんです。自分の身を守るのは自分だけ、という感覚があるんですよね。
そういった国と比べたらずっと政治体制が安定している日本では、日本全体に溢れているものをシェアすればいい、と安心しきっているところがあるのだと思います。それで、同じ値段を払うなら、広いキッチンが使えるシェアハウスのほうがコスパがいい、という発想になるわけですね

――平和で豊かな国であることが、シェア意識に繋がっていたとは……。

松村:とはいえ、シェアハウスも今、さらに新しい形の住まいが登場する過渡期にあります。
シェアハウスで出会った男女が少しずつ結婚し始めているのですが、その際の居住形態がないのです。みんなで集まって暮らすことが習慣になっている二人にとって、ファミリー型マンションは需要に合っていないんですね

――結婚してもなお、シェアハウスに住みたがるんですね!

松村:この流れで、子どもが産まれても、家族じゃない者同士でみんなで一緒に育てる、といったやり方が増えていくかもしれません。
従来になかった人間関係の作り方を求めている人が増えているというのが、こうした住環境のニーズからもよくわかります

庭付き一戸建てを目指して我慢する時代は終わった

――今後はますますシェアハウスのような暮らし方を選ぶ一人世帯は増えていくのでしょうか?

松村:ワンルームマンションでの一人暮らしが大多数であることは変わらないとは思います。ただ、その場その場で自分に合った住み方を選べる時代になりましたよね。
昔はみんながみんな、庭付き一戸建てを目指して『今住んでいるところは仮住まい』という感覚を持っていた。でも、結局それが叶わないままの人もたくさんいます。だったら、最初からしっくりしないアパートなどで我慢せずに、もう少し良い暮らしをすればよかったんですよ。
一人暮らしだから適当なアパートに住んでおけばいい、とかではなく、そのときの自分のニーズに合った住居選びをしていってほしいと思います

“誰かがいる空間”は今や住居の条件の一つになっている。ワンルームマンションに一人で住むときに感じる不安感は、住環境の多様化により、いくらでも払拭することができそうだ。そう思うと、幾分か気分がラクになるのではないだろうか。

(取材・文/朝井麻由美)

(プロフィール)
松村秀一(まつむらしゅういち))
1957年兵庫県生まれ。80年東京大学工学部建築学科卒業、85年同大学院工学系研究科建築学専攻修了。2006年より現職。05年「住宅生産の工業化に関する研究」で日本建築学会賞(論文)、08年「建築生産の進め方―ストック時代の建築学入門」で都市住宅学会賞(著作)。
近著に「ひらかれる建築」「箱の産業─プレハブ住宅技術者たちの証言」(共著)、「建築─新しい仕事のかたち 箱の産業から場の産業へ」「2025年の建築『七つの予言』」など。

※2017年5月9日に「SOLO」で掲載しました

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