体のガタを受け止めてもいる

かつて人生の先輩たちに「年を取ると目がダメになって本が読めなくなる」「午前中ならまだしも夜なんてもう全然、文字が読めない」などと言われても、「でもわたし、目だけはよくって。いまだ裸眼だし~」などと余裕をぶっこいていたのが、わたしにも等しく視力の衰えが来た。ということは、しばらくしたら膣萎縮も来るに違いなく、これまで年を取るというのは成長することであったのが、生き物としてガタがきだすターンになったことに愕然としている。

しかし、その事実をわりと粛々と受け止めてもいる。それは件の彼女と飲むと感じる「がんばってきたよね」という気持ちのようなものが根底にあるからだ。体のガタと諦念。それについて抵抗感を覚えないなんてことは、年を取ることがひたすらに恐怖であった若い頃にはまったく想像もしていなかった。が、膣萎縮はいまだ恐怖なので、とりまスマートボールでも突っ込んで骨盤底筋を鍛えようと思います。そこについては、まだあがきたい。

Text/大泉りか