私たちはよく知っている、男性が知らない女の子

YouTubeなんかで動画を見ているとき、一時停止を押すと、動画の中の人物がたまに半目のまま止まってしまったりする。人間はだれだって瞬きをしているんだから、半目の瞬間があるのは当たり前なんだけど、動画を見ているとき、私たちの脳はその半目を認識しない。画面の中の人物がこちらに笑顔を向けてくれたり、手を振ってくれたりする瞬間だけを見ているのだ。

『ちんかめ』が、動いているときの、こちらに笑顔を向けてくれる女の子だとしたら。写真に映る兎丸さんはたぶん、一時停止したときの、半目の状態の女の子なのだ。どちらが真実でどちらが嘘というわけではないんだけど、兎丸さんは男性が見ていない瞬間の、見ようとしていない瞬間の女の子の姿を、表現しているように思う。
私たちはよく知っているけれど、男性は知らない女の子。兎丸さんのファンに女性が多い理由は、だれも気付いてくれなかった自分たちの存在に、きちんと光を当ててくれたからではないだろうか。

兎丸さんのファインダー越しの瞳と目が合うと、これまで「いなかったこと」にされていた自分、抑圧されてきた自分、押し殺してきた自分の存在に、少しだけ気付いてあげることができると思う。

狂ったフリをするよりも難しいこと

『きっとぜんぶ大丈夫になる。』――この逞しいタイトルは、私たちにとって救いでもある。「狂ったフリをした女の子なんかクソくらえ 生活をたいせつにしているような女の子が 必ずしあわせになれる世界でありますように」と、巻末のエッセイで兎丸さんは書く。
若いときは知らなかったけれど、メンヘラになって狂ってしまうよりも、生活を大切にして、なんてことはない日常を生き抜くほうが、何倍も大変だ。

この写真集からじゃなくてもいいんだけど、「いなかったこと」にされていた、抑圧されていた自分の存在に気付いてあげられたら、生活を大切にすることができるようになったら。朝起きて、窓を開けて換気をして、掃除をきちんとして、料理ができるようになったら。たぶん、もう大丈夫だ。写真集のタイトルにあるように、きっと、ぜんぶ大丈夫になる。大丈夫になってしまうことは、少しだけ寂しいことでもあるんだけど。

もうすぐ本格的な冬が訪れる。感傷的な気分に浸りたい季節に、おすすめできる写真集です。

次回は<弱さはむしろ寛容に繋がる。目指すは「完全ではない大人」>です。
「あの人に相談してみよう」と思える頼りがいのある人っていますよね。そういう人の共通点はいったい何なのか。キョンキョンこと小泉今日子さんと、樹木希林さんや上野千鶴子さんとの対談が収められた『小泉放談』から考えます。