結婚=不自由というわけではない

だが、上記の「結婚に向かない人」の条件は必ずしも正しいとは言えない。

確かに、子どもが生まれれば「自由」が損なわれるのは避けられないし、関わらなければいけない親の介護や葬式が最大二倍セールになる。 それが嫌だという人はやはりしない方が吉だ。

しかし、子どもなど、世話の必要がある人間いない場合、結婚したらいきなり不自由になる、ということはない。 あるとしたら、それは結婚が自由を奪うのではなく「自由を奪う人」と結婚したからだ。 少なくとも「自分のことは自分で出来る人」と結婚すれば、結婚したからと言って突然不自由になるとは思えない。 不自由に感じるとしたら「自分のことを相手にやらせようとする人間」と結婚した時だ。 「結婚=不自由」というわけではないのだ。

また「家事が嫌い」と言っても、家事は独身でもやるものである。

「お母さんがやってくれているし、今後も自分でするつもりはない」という人は、年収が二兆円以上でないかぎり結婚に向いてないので、婚活市場にお出にならないことをお勧めする、相手のために。

つまり家事が嫌いだから結婚に向いてないというのは、結婚したら「相手の分まで家事をしなければいけない」または、独身時代は適当に済ませていた家事を結婚したら「相手が納得するように、きちんとしなければならない」という考えがあるからではないか。

最初に分担し、それ以上は気になった方がやる制などにできれば「家事が嫌い」が結婚に向いてないとは言えない。

つまり「結婚に向いていない人」というのは結局「結婚したらこうしなければいけない」という固定観念が作り出したものである。

結婚生活というのは固定観念にとらわれず各自で自由に作り出して良い物なのだ。 つまり「結婚観が合う人」を見つけられれば、誰だって結婚に向いていない、ということはないのである。

極論、お互いが「婚外恋愛」を認めていれば「結婚しても恋愛してしまう」というのも、結婚に向かない条件にはならないのだ。

しかし、日本には法律というものがある。 成年が未成年と交際するのも「真剣交際」ならお咎めなしなケースが多いようだが、未成年側がおむずがって「おまわりさん、淫行です!」と言えば「そうなってしまう」可能性がある。

「婚外恋愛OK」と口約束をしていても、実際やったら民法的に詰められる恐れはある。

やはり「結婚しても恋愛してしまう人」は結婚には向いてないかもしれない。

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