夫の欲しがるものは

だが夫の方はたまに「これ買っていい?」的提案をしてくる。

一度目はウッドデッキの屋根だった。
家を建てるときにウッドデッキを作ったはいいが、屋根がないので雨ざらしになる、ということが住んでから判明したのである。
よって屋根をつけたいのでワリカンしよう、と言われたのだ。そのときはもう「決めたことだ」みたいな雰囲気だったし、こちらとしても、せっかく庭をコンクリで埋めても、ウッドデッキが腐っていたら景観が台無しだし、そちらを修復する方が高くつくかもしれないので、確か15万ずつぐらい出して屋根をつける工事をした。

それから数年後、今度はカーポート、つまり車用の屋根をつけたいと言い出した。
このように我が家は基本的に「屋根をつけ忘れている」。住居に屋根をつけ忘れてないのが不思議なくらいだ。

その際の見積もり額は「50万」だった。

瞬時に「無理」と言った。車というのは雨風に晒されたほうが丈夫に育つものなのだ。
だが、この「無理」は「許さん殺す」という意ではなく「自分の金で建てるのはいいが、私が金を出すのは無理だ」という意味だ。

その後、家に帰ったら駐車場に屋根がついていた、ということもなかったので、どうやら諦めたようだ。
このように「ふたりで力を合わせないと買えないもの」を買うときは、提案された側が金を出すか否かで決まるので、今のところ常に提案される側な私に決定権があると言える。

逆に、庭をコンクリで埋め立てる費用を夫に出してほしいと私が提案した場合、決定権は夫にあると言えるが、私は夫の意見に左右されずに、強い意思をもって庭をコンクリで埋めたいと思っているので全額自腹でやるつもりだ。

しかし、夫が私に「これを買わないか」と提案してくるのは、夫が欲しがるものが「ふたりで使うもの」な場合が多いからだ。片や私は私のものしか欲しがらない、だから「ふたりで買おう」という話にすらならないのだ。
さすがの私も「私は土方さんの宝具を3まで上げるから4.5は任せた」とは言わない。

そういう意味では「庭をコンクリで埋める」というのは、私がはじめて自分のためだけではなく、ふたりのためにやろうとしていることである。しかも全額自腹でだ。

だが、その話をするたびに何故か夫は喜ぶどころか、微妙なツラである。

このように「ふたりのために」と自分が思っていても、相手が全く求めてない、むしろ迷惑というケースも残念ながらある。

嫁サービスと思って「旅行にでも行こうか」と提案しても嫁は「ほう?で旅先であんたと子どもの世話するのはWHO?」となってしまうやつだ。

このように夫婦といえど、欲しいものは自分で買い、行きたいところには一人で行くのが一番平和だし、相手のために何かしたいときは何をされたいか直接本人に聞いてからの方が良い。

次回は<贈る側の気持ちも考えなければならない「誕生日の思い出」>です。
誰にでも毎年やってくるのが誕生日。祝ってくれる人がいるのは幸せなことですが、プレゼントを渡されるとなるとちょっと困ります。なぜならプレゼントは贈る方の気持ちも考えなければならないから。毎年夫からプレゼントをもらうというカレー沢先生のお誕生日事情を聞いてみました。

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