ちょうどいい規模のケンカ勃発

 しかし、その時はやってきました。引っ越し資金を作り、物件を決め、荷作りにかかった時のこと。恋人の家に鎮座する、新居に置きたくない家具界のエースことでかいメタルラックを指し、「これは処分してほしい」と頼んだところ、雲行きが怪しくなったのです。
新居には収納が多く、そもそも棚は必要ない。「せっかく新生活を始めるのだから、独身時代の半端な持ち物は処分しよう。思い入れのある大切な物だけを残し、新しく長く使える物を買おう」がカワウソの言い分。
対して恋人の言い分は「見てよ! これ天板がスライドするんだよ!」

スライドしたら何なんじゃ!!!!!!!!!!

 普段は理性的な落ち着いた人なのに、全然筋が通っていない。思い入れのある大切なものかと聞くと「それはないけど、この棚はまだ使えるし、天板もスライドする」と言い張る。えっ何?!?! どうしたん!?

どうして物を捨てたくないんだ

 どうも、思い入れはなくても、持ち物は全部大事で、処分するのに抵抗があるらしい。理屈が通っていなくても、どうしてもどうしても嫌らしい。汚れたキッチングッズや、100均で買ったらしきお椀を捨てようとしても、「それはフクロウの絵が描いてあるから!!!」などと慌てて理由を付け、救出しにくる。大切なのかと聞くと、そこまでではないという。でも捨てようとすると、嫌がる。

 こちらは新居の間取りを考慮して、好きだった家具なども手放し、大量に物を捨てたところ。ここで過去のようにポイントカード式で怒りを収めてしまうと、恋人の曖昧な持ち物だけが散乱した悪夢の新生活が始まってしまう。
ヤバい、絶対引けないぞ……! こちらも一歩も譲らず言い合いになり、完全なケンカ状態に。ケンカをしてみなければと思っていたとはいえ、引っ越し日も迫り、困った状況に陥りました。

大丈夫なケンカ

 なぜ、なぜそんなに物を捨てたくないんだ……。
悩むうちに、ハタと思い当たることがありました。
もしかしてこの人は、メタルラックも、かけた茶碗も捨てたくないのと同じように、友達や恋人や家族のことも、捨てたり取り換えたりしないのではないだろうか。それらに大した価値がなくても、ボロになってもガタがきても、一度お気に入りチームに加えたものとは、ずっと一緒に生きていこうとする人なのではないか。

 そして、基本的にメンバーを新規募集しないお気に入りチームへ加入したのが、カワウソなのではないか?
そう思うと、怒りだったものの色が変わり、重さが変わり、温度が変わって、全く別のものに変化するように感じました。軽く、温かく、ハート形の大きな何か。

ハートの風船をもって街中で寄り添うカップルの画像 freestocks.org

 ケンカの途中で突然ハートの風船を持たされると、バカバカしくて笑ってしまう。カワウソは本来面白いことが好きで、ずっと冗談を言って暮らしたい。それなのに、これまでケンカとなると俄然クソ真面目になって、マジレスにこだわり、面白がるのを忘れていた。
これからも、多分こんな感じでやればいい。お互いに意見を主張して、納得する線を探ればいい。筋が通っていなくても、理屈で説明できなくてもいい。2人の問題なんだから、世間の皆さまには説明が付かなくても、それでいい。

 おそらく恋人にとっては、人や物をお気に入りチームに入れるまでが関門で、入ってから慎重になってもあまり意味がないのだ。すでに「大丈夫」と結論が出た関係を、調べたり揺さぶったりしたところで、ハートの風船が出てくるだけ。ToDoリストに隠した難題も形無しである。

 とはいえ新居に関しては、戦いの末に結構な量の不要物を捨ててもらうのに成功しました。スライド天板付きメタルラックは洗面所に居場所を確保し、掃除道具などが置かれています。
便利な天板をスライドさせているところは、一度も見たことがありません。

(つづく)

Text/カワウソ祭

次回は<正気で結婚できるか―適量を見極めてスピる話/カワウソの結婚>です。
「結婚、やってみよう!」と決意したものの、面倒くさい婚姻の手続きの要所要所で正気に戻ってしまうカワウソ祭さん。マリッジブルーっぽくなってきたとある日、カーラジオから聞こえてきた宮沢章夫さんの番組が、適量なスピリチュアル成分で結婚へ背中を押してくれました。