「THE男の世界」での救いと現実

結果的には、本当にやって良かったと思っている。
怪我もしたし入院もした。親方と衝突もした。他会社の職人からストーカー被害を受けたこともあった。ライブ活動との両立に限界を感じる日もあった。
しかし、自分と歳の近い男の見習いが入っては辞め、入っては辞めていく中、私の肩書きが「見習い」から「大工」に書き換わった日の喜びは忘れられない。今思えば、音を上げて辞めていった彼らへの優越感でもあったと思う。

分かってはいたが、そこは徹底的なまでに男の世界だった。22才で上京するまで、計7年にも及んだ現場歴の中で、お目にかかれた女性の職人は3人くらいだ(搬入で来るトラックの運転手や誘導警備員、現場監督、たまに手伝いで来る職人の妻、を除く)。
だからといって寂しいと思ったことは一度もない。物珍しさから付き纏う好奇の目にストレスを感じたことは多々あったが、私には目的があったためブレずにいられた。

仕事は想像よりずっと楽しかった。
THE男の世界に飛び込み、男性たちと汗水流し駆け回った経験のおかげで、私は「男嫌い」にならずに済んだ節もある。初めに『敵陣に乗り込む』と語ったとおり、これ以前の私の少女時代は男性との衝突がとても多かったから(この話はまたいつか書く)。
正直、どれほど理不尽な世界なのだろう、と構えていた私は肩透かしをくらったような気分だった…なんだここは! 良い人ばかりやんか!!

最初こそ「右も左も分からん小娘がなんでこんなところに来たんか」と笑われ、軽くあしらわれたりもしたが、一ヶ月も経過した頃には「大したもんだ」と根性を認められ、完全に受け入れてもらえた。道具を譲ってもらったり、私のために更衣室を作ってくれたり、怪我をしないようにと廃材の釘を曲げてくれたり…。

職人たるもの変わり者ばかり。一癖も二癖もある。仕事のスタイルもこだわりも、怒り方も優しさも様々だった。
女の子だから、と完全に甘やかしたがる人もいたが、それは私の目的と意志に反している。
だからこそ、親方が一貫して私に容赦なく厳しかったことは救いだった。