抗っていた無数のモテテク記事が本当に伝えたかったことは/長井短

「モテたい」から一段上がる二十代中盤

ファッション誌を見ると、買えもしないのにどんどん欲しくなってしまうから。頑なに雑誌を買わないガキだった。時々母と本屋に行くと「こういうのいいの?」なんて声がかかったけど私の返事は決まって「いい」「だったらこれ買って」連れて行くのはスターウォーズの文庫本コーナーで、手に入らない洋服に爪を噛むくらいならフィクションが欲しい。そうやって生きてきたはずなのに、どうして私の頭の中にはこんなにも、モテテク特集の記憶があるんでしょうか…何で読んだのかもわからない。ニコラとかセブンティーンなんて二回くらいしか読んだことないはずなのに、こんなにも深く刻まれているモテテク。若い頃はそれを実践しようって気持ちもあったけど、ある程度大人になってからは「いかに抗うか」にマインドは傾きそのせいで素直になれなかったあの頃。

モテテク、と聞いて思い浮かべることはなんだろう。どのサイトにも載っている基本原理をまずは復習。

・さりげないボディタッチ
・笑顔
・ゆ〜っく〜り〜は〜な〜す〜
・照れちゃう///
・こまめなリアクション

こんなもん?無数にあるテクニックを習得しようとしていたのは遠い過去で、その時期が終わるとすぐ、私はこれらを行使しないって誓いを立てた。するとどうなるだろう。

・触らない
・笑わない
・ハヤクシャベル
・照れない
・聞かない

変なやつの完成でーす。でもどうしようもなかったのだ。二十台中盤は、モテたいって気持ちが一段上のステージに上がり始める時期だ。十代の頃の「なんとなく人気が欲しい」っていう雑な欲望ではなく、もっと強く「求められたい」と考え始める。結婚する人が増えてきたり、仕事で思うように自尊心を満たせなくなってくることが原因じゃないかと思う。右を見ても左を見ても、はっきりとモテたがっている人間たち。飲み会があれば、常に誰かがモテテクを使用している。そんな時間にうんざりで、自分のモテたさが情けなくなった。もっと大切なことがあるはずだ。こんな、表面的な好感度に一喜一憂してる場合じゃない。だから、もう意味なく肩を叩かない。楽しくないのに笑顔を浮かべないし、体を傾けながらゆっくり喋ったりもしないよ言うこと決まってんだから。ちょっと照れちゃうことを言われても「恥ずかしい」なんて言う方が恥ずかしいですからもっと強い力で相手を照れさせにいきますし、過剰なリアクションをとりながらつまんない話を聞くのもやめる。そういう振る舞いは、初めのうちは真実だった。でもすぐに、それも嘘になる。本当は照れてるのに強がってしまうし、酔ってるのに寄りかかれない。モテテクの匂いがする自分の言動を取り締まりすぎて、本心から遠のいてしまうのだ。楽しい時には笑えばいいし、素敵と思えば褒めればいい。だけどそういうのも全部、モテたいからやってることだと思われるんじゃないかっていう強迫観念…みなさんはこの地獄を知っているでしょうか…他人の前で素直でいられなくなった私はまるで、甲冑を着た戦士のようだった。しかもこれ、甲冑を脱いだ瞬間がすごいモテテクになっちゃう可能性があるから絶対に脱げない。そんな恥ずかしいことできない。重いから脱ぎたいのに、突然表出する素直さがモテテクだって私知ってるからもう一生着てるしかないじゃんあせもできちゃうよ!