一夫一妻制を支えたのは誰か?「建前」と違う「本音」を解き明かす『妾と愛人のフェミニズム』

世の中では、「恋」よりも「愛」のほうが、誠実で重いものだと考えられている。しかし、これが「恋人」「愛人」という言葉になると、前者は正式なパートナーという意味合いになるのに対し、後者は婚姻関係外での不埒な関係を表す言葉になる――これ、きっと「なぜ?」と思ったことがある人も少なくないはず。日本語って不思議ですよね。

この不思議を解き明かしていくのが、今回紹介したい石島亜由美さんの『妾と愛人のフェミニズム 近・現代の一夫一妻の裏面史』だ。本書は、一夫一妻制が確立した明治期から2010年代までの新聞・雑誌や文学作品を通して、「妾」や「愛人」、つまり婚姻関係の外にいる女性たちがどのような社会的イメージを背負わされてきたか、その変遷をたどっていく。

妾と愛人のフェミニズム: 近・現代の一夫一婦の裏面史/石島 亜由美 (著)/青弓社

筆者である石島さんは、なぜこのような観点から研究を行おうと思ったのか。それは、「男性の視線のなかで女性が女性を価値づけること(p.8)」の暴力性を感じる経験があったからだという。

進学→就職→結婚→出産→子育てという「正しい」ルートに乗れた女性は、そうでない道を行く女性に、意識的にか無意識的にか批判的な態度をとることがある。妻になることや母になることが「正しい」のだとすれば、それはなぜなのか。「妻」の価値に対するトラウマと問題意識が、石島さんにこの本を書かせたのだそう。

もともとの意味は「恋愛をする人」

本書によると、1870年の段階では、「妻」とまったく同等ではないものの、「妾」にも法的な身分が与えられていた。さらに言うと、妻の産んだ子は「嫡子」、妾の産んだ子は「庶子」とされ、こちらもまったく同等ではないものの、法的な身分を有する存在だったという。妾が廃止されたのは1880年の旧刑法においてだが、法律の上では存在が消えても慣習がなくなることはなく、森鴎外の「雁」や樋口一葉の「軒もる月」などの作品に、妾は依然として登場する。

妾を囲うことが慣習としても否定され始め、代わりに性・愛・結婚が一致したロマンチックラブイデオロギーが称揚されるようになったのは、1890年以降。そしてこの時期に、いよいよ「愛人」が登場し始める……と言っても、もともと「愛人」は単に「恋愛をする人」という意味で、婚姻関係外の不埒な関係にある人を指すようになったのは戦後なんだとか。

もともとの「愛人」は、今で言う「恋人」と同じニュアンスで使われていた。特に、1920年代頃は知識人たちによって恋愛することが思想的営為として高く評価され、その中で「(恋愛をする人、という意味の)愛人」という言葉も広く使用されるようになっていった。しかし、いくら性・愛・結婚の一致が称揚されても、残念ながら人間はそう簡単に変わらない。夫は依然として、婚姻関係の外で女性と関係を結び続けた。

1870年頃の「妾」と戦後の「愛人」が違うのは、前者は芸妓などの職に就いていることが多かったことに対し、後者は職場で夫と対等(と言えるか実のところ怪しいが、少なくとも家庭でケア労働に勤しんでいる側からはそう見える)に経済活動を行っていたこと。

どう転んでも自分の地位を脅かすことはなかった「妾」に対し、戦後の「愛人」は、昭和の専業主婦たちの大きな脅威となった。かくして、単に「恋愛をする人」の意味だった「愛人」は、戦後に「婚姻関係の外で恋愛をしている人」という意味のみを残して、マイナスのイメージを持つ言葉に変化したのである。