抜いたり焼いたり…アンダーヘアを整え続けるわたしたちのオシモ事情/春画―ル

嗚呼、アンダーヘアよ…

《逢夜雁之声(おおよがりのこえ)》1822年 歌川豊国

VIOの脱毛コースを店舗で勧められたり、「パイパン同士のセックスは最高に気持ちいよ!」なんて聞くたびに「嗚呼、アンダーヘアってさ、なんで身体のオプションでついてくるんだろう」ってモヤモヤする。

江戸期の性典物を調べてみると、当時からアンダーヘアや性器に関する文献は多々存在していて、「ぼぼ(女性器のこと)の毛」つまりアンダーヘアの毛質や毛量、生えている範囲などをもとに、その女性の性欲や性格にどんな特徴があるのかが記載されていたり、「これがベストなアンダーヘアです」という記述があったりする。最終的にはそのアンダーヘアから「味がよい性器」、ストレートに言うと「気持ち良い性器」を見つけるという目的があるようだが、とんだ迷惑なはなしである。

今までどれほどの人々が自分の陰毛を剃ったり性器の黒ずみを消したいと悩んだのだろうとぼんやり想像した。

《女大学宝開(おんなだいがくたからべき)》1751-1763年 月岡雪鼎

1751~1763年頃刊行された《女大学宝開(おんなだいがくたからべき)》には「美人」の身体的特徴を説明した「美女三十二相の事」で毛については触れられていないが、性器は「お饅頭をふたつ合わせたような、むっちり、ぐるりだかで、内側の性器の色は桃色がよい」とされている。

この内容は江戸期で西川祐信や渓斎英泉などに引用され、長きに渡りこの“美人の条件”は人々に読まれ広まっていたようだ。

《女大学宝開(おんなだいがくたからべき)》1751-1763年 月岡雪鼎

「なんで見た目から性器の具合を見ようとするの?」という疑問が出てくるのだが、《女大学宝開(おんなだいがくたからべき)》にはこのように書かれている。

※春画―ル訳

女性器の良し悪しを見ること

昔から女の性器には上下の品様々ある。
人のかたちの善悪のように性器にも上下の品がある。
しかし性器は人に見せる部分ではないから、見ることは難しい。

これは女性の見た目でしることができ、三十二の部分がすべて美しいならば性器もかならず良い。

たとえば、桜も木の葉を見て花の色を知り、柿の見た目を見て甘いか渋いかを見極めるのと同じだ。

性器の良し悪しを直接判断することはできないから、果実の見た目から甘さを選ぶように、身体の見た目から性器を判断するということのようだ。

上の図は「着物を来ているときはこんな体つき」「裸になるとこんな見た目になる」というのを交互に描き、性器の良し悪いしについて言及している。