遊廓で盛んだった?起請文とは
前回は江戸の恋文についてご紹介しました。
江戸期には恋文なんて比じゃないくらい相手との結びつきが強まる「起請文(きしょうぶん)」というものがありました。相手の想いを伝える恋文とは異なり、男女で交わす起請文は愛の契約書のようなものです。
起請文は神々の名前をあげ、その神々に誓うものなので「神降ろし」ともいいます。たとえば『女大楽宝開(おんなだいらくたからべき)』(1751~63年)という書物で紹介されている起請文の雛型は下のように、女性が相手の男性へ夫婦の誓いをすることや、浮気をしたら罪を受け、大地獄へ落ちると血判を押して誓う内容となっています。お、恐ろしい……。
そもじ様と、夫婦の契約致候所実正なり。然る上ハ、親兄弟、たとへ如何様ニ申候とも、外の夫持申まじく候。かやうニ申ス事少シも偽り御座候ハば、日本六十余刕神々の御罪をかうむり、未来永々あび大地獄落ち入、うかむ世さらに有まじく候。仍て天罰起請文如件。
年号 月日 女ノ名(血判)
男ノ名 誰様
この起請文の雛型はマジで怖い。浮気したら日本の神々の罪を被り、未来永遠に大地獄。これを自分の血判で誓うのですから、よほどの決意ですよ。
こんな起請文が遊廓内でも繰り広げられ、起請文を書いて客に渡す遊女や、メンヘラ男性客が惚れた遊女に起請文を渡すことがあったようです。
遊女の行う起請文は、指切りや爪放し(爪をはがす)、入れ黒子(愛の証しとしてほくろを入れる)など「心中立て」と呼ばれる男への真実の愛を証明する行為のひとつでした。仮に遊女に心中立てをしたい客の男がいたとしたら、指切りや爪放しなどで自分の肉体を自傷せず動物の肉片を使うなどの誤魔化し方法がありました。
しかし遊女が真実の男ではない客の男から起請文を交わすことを求められたときは、どのように断ったのでしょうか。下手に断ると客を怒らせてしまい、屋敷の主人にも叱られる可能性があります。さて、どうしよう……。
クソ客への対応
『難波鉦(なにわどら)』(1680年)は遊女の手練手管が記されている書物です。遊女の客に対する接し方が淡々と記されているのではなく、遊女と客が会話するといった様々なシチュエーションごとに遊女がその手練手管の方法や心理を話すという内容で進んでいきます。
このなかの「法界吝(ほうかいりん)」という項で、遊女の三浦が手練手管で客からの起請文を断る場面があります。
客の男が自信ありげにこう言います。
- 客の男
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なんと私ほど扱いやすい男はあるまい。無理なことはひとつも言ったことがない。そなたとはゆくゆくは夫婦となり、現世も来世も一緒にいたい。この気持ちは変わらないから起請を交わしたいのう。
(この自信ありげな客。起請を交わしてもらえるほどの自信はどこから湧いてくるのでしょう。)
- 三浦(遊女)
-
起請を書いても心変わりするようであれば、意味がありません。起請を交わせないでも気持ちさえ変わらなければ同じことです。
- 客の男
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そればらば、真実だと言うことはみんな嘘だということだな?
- 三浦
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また無理なことを言わないでください。今言ったように、気持ちが変わらないならば、それ以上に求めることは、ありません。
- 客の男
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よくわかった。他の男に会うときは、うがい(水を口に含んできれいにする)をしないと誓文を書け。
(いきなり、うがい? 他の男に会うときは綺麗な恰好や清潔にするなということでしょうか。なんて性格の悪い男なんだ!)
- 三浦
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なんてことを言うのでしょう。女郎がうがいをしないことがありませようか。口が汚ければ客もつかず、位を落とされ悪い噂が広まるにきまっています。
- 客の男
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お前が他の男に会うのが腹立たしいのだ。俺だけと会い、他の男には指一本触れさせるな。
(なんて嫉妬深い男なのでしょう。三浦に無理を言い、その反応を確かめているのでしょう。クソ客であることに間違いはありませんが、ここで怒りに任せて「帰れ!!!」なんて言えません。三浦はわたしが想像もしないような返しで男を黙らせます。)
- 三浦
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それは申し訳ないことではありますが、それは女郎の勤めなのでどうか許してください。たとえうがいをして他の客に口を吸わせたとしても、そこに真実の気持ちがないのならば、あなた様たったひとりの口を吸っていることと同じことです。あなたのその感情は、自分に直接関係のないことにまで嫉妬をしていることなので、するべきではありません。どうかわたしを身請けしてください。あなたと夫婦になったならば、あなたの言う通り他の男には触れさせません。ひどい嫉妬です。
三浦のこの言い回し!「気持ちがそこにないならば、他の客と口を吸ってもあなた一人と口を吸っていることと同じこと」!
「早く身請けして欲しい」というのも、「この遊廓から出られるならば、この男と結婚するほうが百倍マシ」という気持ちや、「どうせ身請けできるほどの財力はないだろう」などの気持ちから言っているのかもしれません。
この男に惚れていないとしても、こうやって客を惚れさせるなんて、日々自分を試される辛い仕事です。
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