密会がばれないように恋文に仕掛けを…暗号で伝えあう江戸期の恋人たち

江戸の人も悩んだ「恋文」の書き方

恋川笑山『実娯教絵抄(じつごきょうえしょう)』

「深夜の勢いで書いたラブレターほど恥ずかしいものはない」なんてフレーズを聞いたことがあるのですが、胸に秘めた想いを相手に伝えるのってかなり難しいことだと思うのです。

いざ紙とペンを用意すると、「はじまりは何て書けばいい?」「締めの言葉は何がベスト?」などと考えがグルグルして手が止まる。何度も書き直しているうちに親が部屋に入ってきて、急いで手紙を隠して紙がぐちゃぐちゃになった……なんて経験をした方もいるかもしれません(10代の人たちはどうやって告白するのだろう? それとも告白文化はもう絶滅?)。

江戸期には恋文や恋の歌を相手に送る文化が盛んだったようです。というのも、江戸期には『文のはやし』『文の枝折』『文のゆきかひ』など様々な恋文の例文集が出版され、明治初期にかけて広まったベストセラー本まであります。

傾城道中双〔ロク〕 見立よしはら五十三つい 扇屋内花扇
傾城道中双〔ロク〕 見立よしはら五十三つい 扇屋内花扇 江戸日本橋 国立国会図書館デジタルコレクション

今回は江戸期の恋文例文集に掲載された例文や密会に最適な手紙のやり取り方法イチモツ形の手紙の折り方について見ていきましょう。

はじめて相手にラブレターを送るとき

喜多川歌麿『会本色能知功左(えほんいろのちぐさ)』1798年
喜多川歌麿『会本色能知功左(えほんいろのちぐさ)』1798年 国際日本文化研究センター所蔵 親に「なにしてるの~?」と聞かれて「着物たたんでるところ、今行くよ」と答えているが、実はラブレターを書いている可愛い娘。

『文のはやし』に「はじめての付け文」という相手へ初めて恋文を送るときの例文が載っています。現代語訳して一部を紹介します。

馴れ馴れしいこととは思いますが、筆をとりました。
ふと、あなた様を想い染め、しばらく忘れることができませんでした。
ほんとうに、ほんとうに、あなた様に想い焦がれ、何も手につかず、想いを伝えるのは恥ずかしいと思いながらも、あまりにも我慢ができず、心のためを筆に込めることに致しました。

これに対する返事の場合、『文のはやし』によると自分も好意があるならば手紙のお礼や、「手紙では書ききれない積もる話を是非とも直接会ってお話したい」などの内容を書けばよいそうですが、断る場合の手紙が困りものです。

手紙の返事を無視でもいいのですが、恋文ですから相手は返事を待っているはずです。
さて、こんなときの断る手紙の例文がこちら。

お手紙、本当に嬉しく、このようなことは私にとっても渡りに船と、望ましいことです。
しかしながら、私がふつつかなばかりに、世間に浮名が立ってはいけない身の上です。
自分の気持ちに任せられない事のため、せっかくいただいた御気持ちですが、どうか、ご理解いただきたく思います。
このような手紙をいただき、お断りすることは、あなた様にとって、さぞ腹が立つことと思います。このような私の身の上、どうぞ、良いように組みとっていただきたく思います。何事も私の思うようにできないこの世の中に、私はひとり涙を流しております。

ちょっと、この例文……百点満点じゃないですか??

こんな断り方されたら、断られたショックはあるものの「なんて心が清らかな人なんだ!!」と胸が熱くなります。例文は他にも「つれない人に送る手紙」や「腹を立てられて距離を取られた相手に送る手紙」などの例文があります。

わたしも目上の方にお礼のメールを送る際、出だしや締めの文が思いつかず、ついネットで検索をしてしまいます。江戸期の人々も手紙のパターンごとに本をめくって参考にしていたのでしょう。紙が貴重な江戸期であれば、なおさら手紙の書き損じをしたくなかったでしょうし。