東大院生のポルノグラフィ研究ノート

人のオナニーを笑うな――「シコる」「抜く」をめぐる女の語彙と男の多様性

男性のオナニーは「シコる」「抜く」などと言いますが、なぜか女性のオナニーを表す動詞は存在しない。女性のオナニーを語るための言葉が発明されるとき日本は激変すると予言する服部恵典さんですが、いや、男性のオナニーこそ実は謎に包まれているのではないかと気付きます。自分のやり方が少数派だと気付いたきっかけとは……?

「シコる」「抜く」の女性版

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ オナニー シコる 抜く
by Hee Correa

 男性のオナニーを表す動詞として、俗に「シコる」「抜く」がある。
いつ頃から使われ始めた言葉なのか、本当の語源は何なのかということは知らない。だが何にせよ「シコる」という言葉は、地道に一つの物事に取り組む様子をやや蔑んで言う擬態語「しこしこ」を、竿を上下にこする音(?)と重ね合わせることで、オナニーの滑稽さを自虐的に言い当てている。天才的な言葉の発明だと思う。
「抜く」も、「抜」という漢字が「オナヌ」の組み合わせであるところ、「手」が「友」であると書くところなんか、偶然ではあるが洒落がきいている。

 一方、シコる竿もなければ抜くものもない女性のオナニーを表す動詞は、全くただの1つとして根付いていない。
一応「セルフプレジャー」という言い方は女性特有であり、かつオナニーに肯定的イメージを付け加えた点は非常に重要であると思うが、お上品すぎて話し言葉ではまず使わないだろう。もっとラフな言葉がいい。

 女性のオナニーを意味する話し言葉が現代日本語にないというのは、本当に由々しき事態である。これが発明されると日本は大きく変わる。私は大真面目にそう思っている。
ちょっと東大生っぽい言い方をすると、「言語論的転回 Linguistic turn」以降の人文学の立場から言って、現実を構成するのは言語である。言語が変われば我々の現実の捉え方が変わる。

 卑近な例を出すならば、近年、日本の性が変わったのは「セフレ」や「リア充」や「草食系男子」という「言葉」が発明されたときであって、〈セフレ〉や〈リア充〉や〈草食系男子〉という〈存在〉が現れたときではないはずだ。われわれは、誰かがつくった言葉を知ったそのときから世界の切り取り方が変わり、周りに〈セフレ〉や〈リア充〉や〈草食系男子〉が存在することに気付き始めるのである。

 オナニーを語るボキャブラリーが「男の言葉」しかなければ、女性のオナニーは語りづらいし、その存在は見えづらくなる。
もちろん別に、オナニーなんてちょっと気持ちいいだけであって、しないからどうだというものではないし、オナニーの話もちょっと楽しいだけであって、したくないならする必要はない。ただ私は、オナニーについて語るための資源の配分が男女でアンバランスなのは極めて不自然だと思うのだ。

 では、女性のオナニーを表す言葉は、何がふさわしいだろう?