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  • 2016.12.13

日本初の女性向けAVを探して――88年、夢と消えた男たち

AM読者のみなさんもきっと観ている女性向けAV、一体いつからあったのでしょう?SILK LABO作品が日本初だと思っていた方はいませんか?1990年という説もあったようですが、現役東大院生の服部恵典さんが発見したのは1988年のもの!今の女性向けアダルト動画との違いを分析してみましょう!

日本の女性向けAV第1号とは?

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
by ErnieXavier

 前回のテーマは「バイブの文化史」、前々回のテーマは「AV前史」だった。
歴史シリーズが続いて恐縮だが、今回のテーマは「女性向けAVの誕生」である。

 2008年設立のSILK LABOが日本初の女性向けAVメーカーだと思っている人もいるかもしれないが、それは誤りだ。もちろん夏目ナナ主演で撮られた、2006年『an・an』付録DVDも違う。
実際にはそれ以前にも、数々の女性向けAVが現れては消えていった歴史があるのだ。

 だが、「SILK LABOじゃないなら、女性向けAV第1号は何だったのか?」と聞かれると、実は答えるのは難しい。
AVは存在自体がグレーであるという性質上、図書館や博物館のようなアーカイブが存在しない。そのため、歴史を追うことが極端に難しいのだ。
作ったメーカーが潰れているかもしれないし、昔からAVを買い集めている男性マニアでさえ、女性向けAVを押さえているとは限らない。ゆえに、「女性向けAV第1号」がどの作品なのか、業界でも分かっている人はほぼいないと思う。

 たとえば、日本で最もアダルトメディアに詳しい人物の1人であろう安田理央は、最新刊『痴女の誕生』に「女性向けAV自体は、それまでにも何度となく作られていはいた[原文ママ]。1990年にJVDから発売された『シンデレラになりたくて… AV女優、小沢奈美の性の事情』が最も古い作品であろう」(p. 195)と書いている。
だが、1990年が女性向けAVの誕生年というのは誤りだ。

 なぜかというと、私が存在を確認できる限り、最も古い女性向けAVが1988年6月25日発売のものだからである。
しかし、安田よりも古い女性向けAV作品を見つけたところで、「これ以上に古い作品は絶対ない」と断言できるわけではない。私も、「女性向けAV第1号」がどの作品なのか、確信が持てていないのだ。

 だから、ポルノグラフィ研究の進歩のために、これより古いものを知っている方からの批判を待つ。
その間、この「暫定第1号」がどんな作品だったのかご紹介することにしよう。

現在の女性向けAVとの違い

 1988年6月25日に発売された女性向けAV暫定第1号のタイトルは、『夢♡BOY/イ・ロ・ハ・ニ・ほ・へ・と』。
タイトルの由来はよく分からないけれども、公募で素人男性を募ってオーディションを開き、そこで選ばれた6名(=夢♡BOY?)が出演しているようである。
3位入賞は「タレントのたまご君」、準優勝は「会社員もっこり君」、そして優勝したのは「愛知大学法経済学部法学科2年生の神谷クン」だったようだ(『FOCUS』1988.4.1)。
28年経った今、彼らはどこで何をしていることだろう。

 ビデオ製作の発起人は、TVプロデューサーの恩田真弓という女性だったようだ。文化女子大学卒業後、イベント司会業、にっかつロマンポルノの助監督を経験しており、当時33歳。
撮った動機について、「やっぱり女って、男の性行動にはとても関心があるわけ。どういう時にボッキするのか、どんな風にオナニーするのか、性風俗店って実際どうなってるのか…。そういう女性たちの“見たい・知りたい”本音の欲望に応えるビデオを、どうせなら女だけで作りたいと思ったんです」(『FOCUS』前掲)と語っている。

 そういった動機を反映して、ビデオの流れは「①ナース井手のセックス相談、②美少年のちょっとアダルト向けのイメージビデオ、③ソープランド、男の銭湯などへの潜入ドキュメント、④男性自慰場面実写」という感じだ(『FOCUS』前掲)。
その他、「ティーブレイクのお店紹介」や「熟女とのセックスコーナー」もある(『BRUTUS』1988.6.15)。

 AV未満のイメージビデオに留まる女性向け動画は今もときどき目にするが、ソープや銭湯への潜入は珍しい。さらに、同映像内でティーブレイクのお店紹介も行うというのだから驚きだ。そして男性の自慰場面も、たとえばSILK LABO作品では『Eyes on you 鈴木一徹』でしか観られないレアなものだ。

『夢♡BOY』は男性の性行動への興味で作られたそうだが、この欲望は作品特有のものだったのか、それとも時代背景によるものだったのかは、さらに検討が必要だろう。
ただ、直感として今の女性向けメディアは、女性自身の性行動(自分の性器の形は変ではないのか、どんなふうにオナニーすれば感じるのかetc.)への関心のほうが強いように思う。

 なお、恩田は「女だけで作りたい」と書いているが、雑誌の写真を見る限りカメラマンは男性だった。
監督も、「熟考の末、男と女の両方の気持ちが分かる人ということで」(『FLASH』前掲)、ニューハーフタレントのKINYAが選ばれている。「笑っていいとも!」が放送スタートした1982年10月から1984年9月まで、番組の木曜レギュラーを務めていた人物である。お昼の顔が、ずいぶんとアングラな世界に飛び込んだものだ。
ちなみに、KINYAはこんなことも言っている。

「なに言ってるのよ。これはアダルトビデオとは言わないの。Xビデオって言ってよ。Xビデオ
Xビデオ、何のことかと言いますと、女性の染色体XXに引っ掛けた造語。つまりは、女性用のやっぱりアダルトビデオなんであります。(『FLASH』前掲、太字筆者)

 当然、X指定(=18禁)のXでもある。結構うまい名付けだと思うが、流行ることは一切なかった。

 肝心の値段は60分、1万3800円だった(『BRUTUS』前掲)。
当時のセルビデオ(レンタル=賃借ではなく、セル=販売しているビデオ)としては、まあふつうの価格である。
ただし「当時のセルビデオ」として標準的であっても、セルビデオそのものがかなり高額な品であったことは間違いないだろう。
1988年時点では、一般女性にはまだまだ手の届かないメディアだったのだ。

女性向け発売までの7年のラグ

 それにしても、「アダルトビデオ」が無意識に男性を視聴者として想定しつつ誕生した1981年5月から、『夢♡BOY』が発売された88年6月に至るまで7年間もの長きにわたり、「女性向けAV」は存在しなかったということなのか?

 もちろん、88年以前にもっと古い女性向けAVが作られていた可能性はある。
だが、2011年時点の安田が、『シンデレラになりたくて…』が女性向けAV第1号であるという主張の典拠としている『アダルトビデオ二十年史』の年表には、たしかに90年以前に女性向けAVの存在は書かれていない。

『夢♡BOY』がこの年表から漏れているのはおそらく、プロデューサーも監督も男優もAVの世界の人間ではなかったがために、業界のアンテナに引っかからなかったためであろう。逆に言えば、出演者がタレントばかりだったので、週刊誌は取り上げやすかったはずだ。
カラミを行った「熟女」女優はちょっとよく分からないが、とりあえず、夢♡BOYオーディションの審査員だったナース井手、田代葉子、清水ひとみらは、タレントやストリッパーであってAV女優ではない(田代、清水はビデオに出演していないそうだ)。女優もAV業界にあまりコミットしていない人物だったのかもしれない。

 要するに、『夢♡BOY』のように業界のきわで、女性向け作品が88年以前にひっそりとつくられていた可能性はないではないが、そうでなければ、88年の『夢♡BOY』が女性向けAV第1号だろうということだ。

 私の個人的な感覚で言えば、「女性もAVを観るのではないか」と思いつくには、「鼻舐めフェチがいるんじゃないか」とか「へそのごまフェチがいるんじゃないか」と思いつくほどには想像力を要しないと思うのだが、どうだろう(こういう性癖の方には心から申し訳ないが)。
だがどうも、「AVは女性にもニーズがある」と気付くために、日本人は7年もの歳月を要したのだ(へそAVには何年かかったのだろう?)。
しかも、女性向けAVを数年間安定供給できるメーカーが誕生するには、さらに20年かかっている。

 そして、女性向けAV史は、いつか終わるのだろうか。たとえば、市場に男女の分断がなくなるなどして。
短いようで長く、長いようで短いこのメディアの歴史は、この先どう紡がれてゆくことだろう。

Text/服部恵典

次回は <女性向け「ポルノ」とは結局何か?――女性のマスターベーションとポルノグラフィ>です。
このAMの連載で、今まで何の定義もせずに使ってきた「ポルノ」という言葉。何がポルノで、ポルノとはどういうもので、それを決めるのはいったい誰なのでしょう?考えれば考えるほど難しい問題ですが、ヒントとなるのは2つの研究のようです。女性にとってポルノとは、本当に「オナニーの道具」なのでしょうか?

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程。同大学卒業論文では、女性向けアダルト動画について社会学的に論じる。
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