マナーとモラル

しかし、正直言ってたまにめんどくさくなる時もある。
「あなたが選ぶ番なんだから自分で決めてよ」なんて放棄してしまうと、ゴリラは、今まで船に乗っていたのに急に海にぶち込まれ「泳いで渡れ!」と言われたかのような顔になるのだ。

なので本当は、めんどくさがらずに1人で駄作を嗅ぎ分ける方法を教えていかないといけない。
それができないなら、急に役割を投げ出すべきではない。

今まで心地よく一緒に過ごしていたところを急に突き放す行為は、相手の力量を試すことに繋がるからだ。

例えば、あるモラハラ気質な男性は、彼女のやることなすことに文句を付けて自分の意見をいつも彼女に採用させている。
そうやって自分の彼女をコントロールしているのだ。
しかし、彼はたまに「そんなことくらい自分で考えろ」と役割の放棄をするのだという。

自分に自信がない彼は、急に役割を放棄することで、判断力を奪った彼女に無力を感じさせ、『俺がいないとダメな女』にする狙いがあるのだ。

役割の放棄はこうして他人を支配するための手段にもなり得る。

そういうわけで、もし『決める人』をやると決めたなら、相手への尊重は忘れてはいけないのだ。
パートナーの精神を揺さぶってコントロールするようなマネは、立派なモラル違反である。

ちなみに、逆に『決める人』から言わせて頂ければ、私の決定にめったに文句を言わないゴリラはかなりありがたい。決めていいよ!と言われたのにえ〜これ〜?などと言われるのは非常に頭にくるものだ。

思いやりあっての『決めて欲しい人』と『決める人』

若い頃は、オシャレにワイン選びをリードして欲しいという思いがあったと言ったが、これを私は『決めて欲しい人』であるゴリラにしつこく求めたりはしなかった。
「私の理想に合わせろ」と本人と全く違う理想を強制するのは、身勝手で人を傷付ける行為だからだ。

たまに世間は、妻が『ハデに決める人』で夫が『非常に決めて欲しい人』な夫婦に対して、妻のことを鬼嫁と呼ぶことがある。
夫婦のステレオタイプに当てはまらないだけで酷い言われようだと常々思う。
男だからリーダーシップを発揮しなきゃいけないこともないし、女だから3歩下がって受け身になる必要などない。

お互いが気持ち良い関係でいられるなら、役割が別れていることはなんら悪いことではないはずなのだ。

得意なところと苦手な分野をサポートし合う関係ができている環境が、一番居心地が良いものだ。
会社だろうと、夫婦関係だろうとそれは同じだと思っている。
どんな場所でだって、個々の特性をきちんと見て、カバーし合い、尊重し合う努力ができる集団が気持ちよく生きられるのは間違いないのだから。

Text/元鈴木さん

初出:2018.08.22