永遠の森の100年のふたり
君の手が音楽を奏でている。ジリジリ、静寂、そしてカシャリ。
シャッターを切る音が思いのほか響いて、人のいない参道でわたしの鼓動だけが大きかった。ごまかすみたいにヒールを鳴らして駆け寄ったら「何が撮れたか、まだわかんないよ」と、君は笑った。インスタントカメラに液晶が無いことぐらいお互い知っていた。ひさしぶりのじゃれあいだった。半年ぶりに来た東京は人が少なく、記憶の中の風景とはまるで違う。だけど≪君≫だけは変わらなかった。
君のことをなんて説明しようか、いつも迷う。本当によく笑う人。すらりと伸びた指が美しい人。大学生活の終わりに知り合って、卒業してから仲良くなった人。でも、こんな言葉じゃ、まるで説明しきれない。「意味がわからない関係だ」「その年で友達以上恋人未満なんて未来が無いぞ」と、周囲にはよくからかわれた。
出会って5年目の冬が来ていた。明治神宮は静かに青い。100年前、このあたりは人の住まない荒野だった。何もない荒れ野に≪永遠の森≫を創る。そう決意して造られた鎮守の森は、今や巨木がそびえたち、時には古木が横たわる。その中をわたしたちは歩いていた。敷き詰められた砂利を鳴らすうちに、異なる速度のふたりの歩調が次第にシンクロしていって———ぴたりと重なった時、わたし、吐息が出た。
100年ほどは長くなく、それでいて決して短くない時間が、わたしたちにもある。
◇
泣いてはいけない、と自分を縛りつけていた時期があった。わたしたちが若く、未熟で、トゲだらけの若者だった頃。
当時わたしは、やらかしたミスが人間関係のトラブルにつながって、孤立無援になっていた。ぎすぎすした空気のままプロジェクトは終わり、その日偶然君に会ったら、両目から涙が止まらなくなった。びっくりする君を見て「しまった」と焦り、わたしは矢継ぎ早に言った。
「悲しいんじゃない!一緒に仕事をする仲間に、あんな態度を取られて悔しいんだ!」 それはまちがいなく言い訳だった。プロジェクトメンバーの態度にわたしは傷ついていた。だけどその傷を認めるわけにはいかなかった。一つの傷を認めるということは、これまでにつけられたすべての傷とすべての痛みを≪感じはじめる≫ということだったから———。
「どんなに理不尽なことをされても泣いてはいけない。なぜなら泣けば最後、どれだけ正しいことを言っていても、憐れみを欲しがる目立ちたがり屋の嘘つきだとレッテルを貼られる。だから涙を流すな。ましてや怒るな。他人にとやかく言う前に、自分を変えろ。何事にも傷つかないタフな強さを持て。それが大人だ。自分の感情をあらわにするなんて、幼稚な人間のすることだ!」
と、何度も自分に言い聞かせた。プロジェクトを成功させるために。けれど今、人の行き交う冬の街で、わたしは崩れそうだった。ひとつひとつの≪痛み≫を無視したツケが、体中に回っていた。
(だけど「はい、全部が痛いんです」と認めたら? 痛みを感じはじめたら? わたしは壊れて、二度と立ち上がれなくなってしまう! だから泣き止まないと。何事もなかったかのように振る舞わないと。)
そう思うのに、涙が止まらない。
すると突然、正面から、がしっと両肩を掴まれた。
「大丈夫! 今うまくいかなくても大丈夫! 世の中は広くて、人間はいっぱいいる。続けさえすれば絶対、うまくやっていける人と出会える!」
その瞬間、一筋の光が射した。君の瞳の中にわたしがいた。顔が歪んでいる。痛そうだ。そうわかるやいなや、じっとりした≪痛み≫がものすごいスピードで心を襲いはじめた。けれど、わたしは立っていた。崩れ落ちることもなく、2本の足でしっかりと。
「なあんだ、痛いって感じても、大丈夫なんだね」
と、安堵したら、力が抜けて、君が支えてくれた。わたしは幸せだった。もう自分を縛らなくていい。わたしが感じた気持ち、全部認めてあげていい———。 頭は不思議と冴えていて、これからの行く先が見えていた。
その後、わたしはプロジェクトメンバーと縁を切った。するとより良い出会いに恵まれた。それをうまく繰り返すにつれて、「仕事というのは、自分の考えを伝え、ネゴシエイト(交渉)することなのだ」と学んだ。たくさん失敗はしたけど、そのたびに君は同じように励ましてくれた。この数年間、君がいたから、わたしは前を向いて歩き続けることができた。
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