恋愛指南でよくある「自分を大切に」ってなに?私から去っていった人から思うこと

大切にしたのに去っていった人

©一ノ瀬伸

わたしよりも大事な人がこの世にいる。何をするにも頭にその人が浮かんで、その人のためになることなら何でもしてあげたくて。背伸びして、無理をして、振り回されてぐちゃぐちゃになる。その時、人生は暗い森と化す。道は消え、一寸先もわからぬ闇の中。迷子みたいにわたしはひとり、途方に暮れて、泣いている。

恋愛中にこういう状況におちいってしまった人を、ネットでは「自己肯定感が低い」と揶揄しがちだ。恋愛指南をうたうサイトではそろいもそろって「まずは自分を大事にしましょう」と書いてある。それって具体的にはどんなことなの?と、スクロールして出てくるのは、一人の時間を大事にするとか、自分にご褒美を買ってやるとか。だけどその通りに行動しても、さして心は晴れたりしない。ネットでは恋愛だけでなくすべての人間関係において、自分よりも他人を優先する気持ちを持つことは間違いで、未熟の証で、独りよがりの欠陥人間のような扱いを受ける。だけど本当にそうだろうか?

わたしはそうは思わない。すべての『大事にしたけどうまくいかなかった人』というのは、自分が本当に望む『自分のことを大切にするやり方』を知るための出会いだったのだから。

わたし・葭本未織の職業は劇作家で演出家だ。コロナ禍の前、わたしは劇場で演劇を創っていた。そんなわたしにとって『自分よりも大事な人』とは、ある女優のことだった。

彼女の才能に心底ほれ込んでいたわたしは、時間もお金も心も最大限にフル稼働して、“自分なりに”彼女を大事にした。しかし、彼女は去っていった。LINEのメッセージひとつで切られ、取り残された。あの日の新宿の道の寒さが、まだ身を包んでいる。

この出来事はわたしの心に深く影を落とし、劇団を休止する原因の一つにもなった。とかく自信というものがすっかり喪失してしまったのだ。その後出会った新しい女優たちと滞りなく付き合えるようになっても、才能ある女優をあんなふうに傷つけてしまった自分にはもう演劇をする資格がないと考えていた。

しかし先日、忘れられない出来事というのは自分自身の後悔から来ると気がついた。そして自分自身を後悔とは、過去の自分の行動や思考への激しい否定だ、と言うことも。自責と自己嫌悪のループを止めるには、自分自身を許すしかない。

さて、自分自身を許したら、三つのことに気がついた。

まずは一つ。『大事にする』という言葉の具体的な方法は、個人個人によって違うということ。

わたしは彼女のことを“自分なり”に、自分よりも大事にした。だからこそ、去られたとき途方に暮れた。自己ベストを尽くしたがゆえにこれ以上何をしてやれば良いのかわからなかったし、そのベストが彼女の望みとはかけ離れていて、それを察することができなかった自分は独りよがりで恥ずかしい人間だと思った。

だけどそれは違った。どちらかが悪いと言う話ではなかった。単純に、わたしが思う『大事にしかた』と、彼女の考える『大事にされかた』が違ったというだけだった。

二つ目は、わたしと彼女にはそういった前提の共有と擦り合わせが足りなかった、という発見だ。

演出家は多くのスタッフと関わる。舞台美術家、音響家、照明家……。それらのスタッフたちが最初から演出家の意図にぴったり合ったプランを出してくるということは、ほとんどない。だから話し合い、擦り合わせる。それを女優という立場にいる彼女ともすべきだった。どんな演劇をつくりたいのか。どんな女優になりたいのか。何をされると嬉しくて何をされると嫌なのか。何が『大事にされている』と感じることなのか。話し合わなくては伝わらない。演出家と女優の結びつきは、演出家と他のスタッフ陣の結びつきと比べるとはるかに強いが、だからといって初めから上手に二人三脚ができる二人組がこの世にいるわけないのだから。