好きな人のこと、どうやったら忘れられるだろう。葭本未織の素敵な恋の忘れ方

失恋は新しい恋で忘れられ…なかった

© 一ノ瀬伸

好きな人のこと、どうやったら忘れられるのだろう

ひとりの夜、心にさみしい火がともる。ちろちろと揺れる影に、恋しい人の姿がうつる。今はそばにいない人、遠く離れてしまった人。突き刺す痛みとうらはらに、火は威力を増してゆく。何もかもを飲み込み、燃え尽くそうとする炎になってゆく。消そうとしても消えない火に悶え苦しみ、幾夜を越え、ある日、気がついた。

あれ、いつのまにか火が消えてる。わたし、好きだった人のことを忘れている! でも、どうやって忘れたんだろう?

わたし、葭本未織の職業は劇作家だ。コロナ禍の前は劇場で演劇を創っていた。舞台の上でヒロインが七転八倒する。最後に彼女なりの答えを見つける。このような物語を、手を変え品を変え創ってきた。そんなわたしが考える好きな人を忘れる一番良い方法は、『ほかに新しい好きな人をつくること』だった。悲しみは同質のものでしか洗い流せない。つまり、恋愛の傷には恋愛の癒ししかない! その持論に従って、わたしは失恋しては新しい恋をした。しかしながら、人生は物語ほど甘くない。新しい恋人ができても、わたしは好きな人のことを全く忘れられなかった。

(でも逆に、なんでわたしは忘れられなかったんだろう? 公共料金の支払いとか、水曜日が燃えないゴミの日だとか、そういうのはすぐ忘れられるのに。なんでわたしは好きな人のこと、忘れられなかったのかな?

考え続けると、わたしは好きな『人』以外のことも忘れられないということに気がついた。これから話す『出来事』も、わたしをまだ悶えさせている。

全部、全部わたしが悪い!!の自責と自己嫌悪

5年ほど前、当時女優業をメインにやっていたわたしは、朝の国民的ドラマのヒロインオーディションを受けた。選考を繰り返し、いよいよ人数がしぼられてきた東京・最終会場で、ふとまわりを見渡すと、テレビで見たことのあるスター女優ばかりだった。こみあげるものがあった。子どもの頃、小さな劇団で端役をもらってから早12年。短くなかった。だけどこのために頑張ってきたのだ。これに受かればわたしもスターだ! ……という気持ちがはやりすぎたのか強すぎたのか、審査員の前でわたしは泣いた。「今日まで続けてきてよかった」とかなんとかヒロイン気取りで泣いた。記憶が確かなら、審査員たちは拍手をくれた。……しかし人生は甘くない!わたしは落選した。それどころか端役ももらえなかった。後日プロデューサーから「一番を決めるコンクールじゃないから、諦めずに頑張ってほしい」という旨の手紙をもらったが、そんな言葉わたしには響かなかった。

(わたしのバカ! 就活の最終選考で泣いたら落ちるだろ。それと一緒だってちょっと考えたらわかるのに、なんで泣いたのかな! ああもう! 全部、全部わたしが悪い!

そんなこんなで時が流れた2020年・冬。わたしは神戸のギョーザ屋に居た。肉汁がジュウジュウと唸り、鉄板の下で青いガスの火が揺れる店内では、にんにくの香ばしいにおいとともにAMラジオが飛びかっていた。電波のむこうでパーソナリティが楽しげにしゃべる話題が、朝の国民的ドラマについてだと気がついた瞬間、わたしの記憶が過去に飛んだ。忘れられないあのオーディションには、もう一つ、別の思い出がある。

それは会場で「全然できなかったあ~!」と泣いた女優がいたことだ。売れっ子の彼女は事前に渡されたセリフをひとつも覚えてこなかった。だと言うのに、彼女は審査員の前で、悔しい!と言わんばかりの表情で泣いた。わたしは唖然とした。できなかったんじゃないだろ、やってこなかったんだろ! と。でもそれ以上に……わたしが死に物狂いで手に入れたチャンスを、スターの彼女はもう吐いて捨てるほど経験していて。彼女にとってこのオーディションは別にいらないチャンスなんだ……そう直感し、傷ついていた。

あの痛みが、まだ胸の奥にある。それは火の形をしていて、今もなおわたしを苦しめる。と……どっぷり感傷にひたっていた瞬間、唐突にひらめいた。

あれ? あの時、わたしも泣いたよな? 泣くべきじゃないとこで泣いたよな。それってあの女優と一緒じゃない?!

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