素敵な恋の忘れ方。わたし自身の許し方。

件のオーディションのあと、わたしは女優業をやめて、劇作家の道に入った。それは人生の重大局面でやらかした自分が、今後女優として失敗をリカバーできる自信がなかったからだ。他の仕事をやるべきだと思った。だけど本心は、長年追いかけた夢が忘れられなくて。渋谷にデカデカと貼られた国民的ドラマのポスターを見かけたときなんか、悔しくて悔しくて。でも、取返しのつかない失敗をしてしまったのは自分で、そんな自分が二度スターになることなんてできない……と思っていた。

だけど、今なら思う。『オーディションで泣いた』なんてさした失敗じゃない。しかも『泣いた』という一点に関して言えば、わたしと「できなかった~」と言ったスター女優の彼女と何も変わらなくないか?! むしろ同じひんしゅくを買った仲間じゃないか?! だからつまり、わたしが落ちたのは他の理由で……わたしが泣いたせいじゃないんじゃないのかもしれない。

その時、5年間燃え続けた炎が、ジュッと消えた。そしてわかった。そうか、忘れられない出来事って、後悔して後悔して、自分を責め続けた出来事でもあるんだ。

考えてみると、『忘れられない』という状態は、ある『人』自体を忘れられないというより、その人との間に起こった『出来事』が忘れられない、という状態のように思う。そして忘れられない出来事は後悔と共にある。後悔とは、過去の自分の行動や思考への、激しい否定だ。

聡明な読者はお分かりだろうが、すべての原因が、自分の行動に帰結するわけではない。様々な要因があって、ある一つの結果になるだけのことだ。しかし自責と自己嫌悪によって、全部が全部自分のせいだと思い込んでしまう。わたしがああしていれば……こうしていれば……」から始まり、望まない現状はすべて過去の自分が悪いのだと思い込んでしまう。わたしは長い間このループに陥ってきた。自分に対する落胆は、おのれへの怒りを生み、自信を喪失させてきた。だけど……もう、ここでそれをやめる。わたしは、わたしを許す。

そう言葉にすると瞳がうるんだ。タイミングよくあつあつのギョーザが運ばれてきた。はねた油が店内の空気をやわらかくする。油膜に包まれたような心地よさのなか、わたしはこみあげる涙をたちあがる熱気のせいにして、惜しみなくこぼした。

好きな人の忘れ方も、きっとこんなふうだ。恋しい人が、今はそばにいないこと。遠く離れてしまったこと。それは幾夜も胸を焦げ付かせる。

だけど、自分を責めないで。悲しいひとつの結末は、さまざまな要因から生まれたのだから。けしてどちらか片方が……あなただけが悪いのではないのだから。恋は二人でなきゃ始まらない。別れも同じで、二人が共にいたからこその結果なのだと思う。

火はいつか消える。まるで初めから無かったみたいに、その姿をくらませる。その時、あんなにも熱かった炎は、懐かしさの中にけぶる燈火になっている。ただその揺らぎが、わたしを包んでくれる。素敵な恋の忘れ方。わたし自身の許し方。

Text/葭本未織

初出:2020.12.16