恋愛が戒められる時代があった

 時子は愛する夫と息子がいながら、心優しい板倉に心が奪われていく。
しかし、戦時中で男が駆り出される時代。家を守り、夫を支えなくてはならない状況が、彼女に強い罪悪感を抱かせ、「こんなことが許されるはずがないのよ」と独り言をつぶやく。
不意に訪れた突然の感情に、容姿端麗で落ち着いた雰囲気の一人の婦人が焦燥と動揺を一気に抱いてしまいます。

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 不倫は今の時代でも十分咎められる行為ですが、時代は昭和。それも戦争中。バレてしまったら大変な事になる。やがて板倉といる姿を目撃されるようになり、その幸せな日々が危険に晒される。

 同じ頃、日本はアメリカと全面戦争を始める。「為す術がない」という意味では、恋愛と戦争は同じくらい危険なもので、どちらも容赦なく襲いかかるものとして描かれています。

 誰にも言えなかった秘密を60年間胸に抱き続けたタキの葛藤は、考えるだけでも意識が遠のく。彼女の想像を絶する胸の痛みは、自叙伝を綴るために握った鉛筆の震えに描かれている。

おばあちゃん・タキが涙する時、60年間秘めた想いが……

 幸せな家庭が恋愛事件と戦争で脅かされていく様子を、タキはどのような気持ちで見守っていたのでしょうか。
親切で気品に溢れ、タキが将来結婚して幸せな暮らしを送ることを応援してくれていた時子。タキもそんな彼女を慕い、逆らう事なんて一切なくずっと献身的に仕えていた。 それでも唯一、時子に気持ちをぶつける場面がある。それは時子だけでなく、誰かのことを強く想うがゆえの言葉だった。

 恋心が二人の女性の感情をあぶり出す。それと同時に、自叙伝を書く60年後のタキの“秘密”が涙となってこぼれ落ちる。それは彼女にとって、雷鳴が轟くように、耳を塞ぎ、目を瞑りたい自分でも認めたくない事実だったのかもしれない。

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 おばあちゃんの涙は重みが違う。その涙の深さを、重さを、震える後ろ姿を、平成に生きる健史は受け取る。それは映画を観ている我々も同じ。健史とともに、その涙の意味を噛み締め、かつて焼け野原だった東京の地を歩き続けるしかない。

「長く生きすぎた……」

 涙ながらに吐き出されたセリフが、ずっと耳に残ってしまう。
タキが60年間ずっと遺していた物が開かれた時、ようやく彼女の書きかけの自叙伝が完成するのです。こんなに優しい片想いは他にあるのでしょうか。