連続殺人犯の女の目にも涙は流れる
『モンスター』

 次に紹介するのは、女性監督パティ・ジェンキンスが手がけた『モンスター』。セロンが演じるのはなんと全米初の女性連続殺人犯アイリーン・ウォーノス。本作でアカデミー主演女優賞を受賞しました。

【簡単なあらすじ】
1986年、フロリダ。娼婦としてギリギリの生活を続けているアイリーン・ウォーノス(シャーリーズ・セロン)は、自殺を決意し入り込んだ酒場で若い女性セルビー(クリスティーナ・リッチ)と出会う。激しく惹かれ合う二人は共に暮らす夢を抱き、その金を稼ぐためにアイリーンは街娼を再開する。しかし客の男からレイプをされかけ、その男をピストルで殺してしまう。
歯止めが利かなくなったアイリーンは、セルビーとの生活のために次々と客の男を殺していく。警察は二人を指名手配し、アイリーンはセルビーを逃がすため故郷行きのバスに乗せて、逮捕される――。

13g太って役に挑むシャーリーズ・セロンの想いとは

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『スタンドアップ』を観てから本作を観たら、この違いに唖然とする。
前作が白なら、こっちは黒。とにかく真逆なのです。それは役柄だけじゃない。アイリーンは容姿自体が真っ黒に思えるほど醜く、体型がその辺のスーパーでトイレットペーパーを大量に買い込んでいるオバチャンにしか見えない。

 モデル出身の女優が役のために13kg太るって。これは“役者魂”って言葉では簡単に片付けられない。かつてロバート・デ・ニーロが『レイジング・ブル』で体重を大幅に増減させて役に挑んだという話は有名だが、こちらは女。しかもモデル出身。
何が彼女にそこまでさせるのか? それは、何がアイリーンに人を殺させるのか? という疑問に近いのかもしれません。

   セロンがそこまでして演じた人物像から一瞬たりとも目が離せないし、彼女の行く末が気になってしまう。それは、おそらくそこにセロンの生い立ちから現在までの想いが見え隠れするからです。

誰もが殺人鬼・アイリーンになり得る?

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 アイリーンは“連続殺人鬼”。罪のない人々の平和を脅かす、憎むべき人物です。 彼女は、描き方によってはハンニバル・レクター博士、もしくはジェイソン、はたまたエイリアンレベルの恐ろしいモンスターになる。でも、この映画はそうしない。シャーリーズ・セロンがそうはさせないのです。

 “連続殺人鬼”――ニュース番組で伝えられる肩書きだけでは見えないものがある。アイリーンの涙と、葛藤と、局地的に見せた愛の物語をニュースは語らず、その真実を人々は知るよしもない。だけど、映画では語ることができるし、人々に伝えられる。

 セロン自身も壮絶な過去を持っている。10代の頃、母親が父親を射殺した。それは酒に酔って暴力を奮う父に耐えかね、正当防衛のために起きた出来事です。
殺人なんて無縁の行為だと思うでしょう。だけど、環境と状況によっては誰にでもその可能性はある。アイリーンも父親の暴力を受け続けていた。アイリーンのようにレイプ犯が目の前にいて、そこにピストルがあったら? 

 本作で描かれるのは“とてつもなく長い正当防衛”なのかもしれません。幼少期から大人まで、アイリーンは常に正当防衛の名のもとに殺人を続ける。彼女が正しいのか、世の中が間違っているのか。“完全悪”と見なすのは想像力があまりにも乏しい。
彼女の目から零れる涙をセロンは身体ごと表現し、やむを得ず“悪”の道に逸れてしまった女の人生を切なく描いているのです。

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