思春期は戦場だ

たけうちんぐ 映画 溺れるナイフ 山戸結希 ジョージ朝倉 小松菜奈 菅田将暉 重岡大毅 上白石萌音 志磨遼平 ジョージ朝倉/講談社 2016「溺れるナイフ」製作委員会

 夏芽が航一朗に求める「何か」とは、いわゆる“幸せ”なのだろうか。まるで特効薬を欲するようにすがり、航一朗を通じて自己に問いかけるように言葉を放つ。
人に見られる“モデル”は、誰かの欲望を埋める仕事でもある。写真家・広能が切り取る夏芽と、航一朗の目に映る夏芽は、明らかに違う。夏芽が航一朗に求めたのは、純粋に何かを強く欲する対象なのかもしれない。「わたしの神さん」と、まるで宗教のように取り憑かれていく。
山戸監督の過去作品『あの娘が海辺で踊ってる』『おとぎ話みたい』にも共通する少女の「認められたい」という痛々しい欲望が、自撮りとSNSといった目に見える“自己顕示”が蔓延する世の中に問いかけてくる。

 夏芽が転校してきた際の過剰なカット割り、海辺で航一朗とのかけがえのない時間を観客と共有させるような長回し。意図からも計算からも外れた衝動的な絵の数々が、まさに思春期の不安定さを醸し出している。
クライマックスはまるで戦争映画だ。火と、肉体と、夜と、少女。それらが激しく交錯する。思春期は戦場だ、と言わんばかりに“欲望”の焼夷弾が降り注ぐ。そこでは銃も戦車も使えない。ナイフでしか戦えない少女の絶望があるからこそ、航一朗という希望が光り輝いているのだろう。

 そんな戦場に唯一清涼剤を与えるのは、重岡大毅演じる大友の安心感。航一朗とは正反対の人懐っこさで夏芽を癒し、また彼の純朴ぶりに思わず綻んでしまう。特に歌唱シーンは話題を独占するだろう。

 “楽しくて面白い。” 映画はそれだけを提供しない。思春期がそうであったように、傷を残すのも映画の役割のはずだ。
この痛みは10代に限らない。20代、30代、40代でも、かつて少女だった人なら誰しもこの“ナイフ”を受け入れる覚悟ができているに違いない。

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ストーリー

 東京で雑誌モデルをしていた美少女・夏芽(小松菜奈)は、父親の地元の田舎町に引っ越すことに。何もない退屈な町に落ち込んでいたが、彼女の前に少年・航一朗(菅田将暉)が現れる。その土地一帯を取り仕切る神主一族の跡取りで、他の人とは違う魅力を持つ彼に夏芽は強烈に惹かれていく。他人を突き放し、過激な言動を見せる航一朗に心を奪われ、また航一朗も、夏芽の美しさに身を寄せていく。
そんな中、火祭りの夜にある“事件”が起きる――。

11月5日(土)TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー

監督:山戸結希
脚本:井土紀州、山戸結希
原作:ジョージ朝倉『溺れるナイフ』(講談社「別冊フレンド」刊) 
キャスト:小松菜奈、菅田将暉、重岡大毅(ジャニーズWEST)、上白石萌音、志磨遼平(ドレスコーズ)
配給:ギャガ
2016年/日本映画/111分

Text/たけうちんぐ

次回は<ヒロシマではなく「広島」を描く。生涯に一度出会えるかどうかの傑作『この世界の片隅に』>です。
昭和19年、広島から呉に嫁ぐことになったすずさん。戸惑いながらも新しい生活に馴染んでいく中で、その日常が激しい空襲にさらされていく――こうの史代原作×片渕須直監督×のん主演で描く、今も昔も変わらない“普通”に過ごす日常の愛おしさ。