死ぬまでには観ておきたい映画のこと

ヒロシマではなく「広島」を描く。生涯に一度出会えるかどうかの傑作『この世界の片隅に』

昭和19年、広島から呉に嫁ぐことになったすずさん。戸惑いながらも新しい生活に馴染んでいく中で、その日常が激しい空襲にさらされていく――こうの史代原作×片渕須直監督×のん主演で描く、今も昔も変わらない“普通”に過ごす日常の愛おしさ

たけうちんぐ 映画 この世界の片隅に こうの史代 片淵須直 のん 能年玲奈 コトリンゴ
©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 映画がなくても暮らしていける。そんなことは分かっている。それが衣食住にも生死にも関わらないことなんて、分かっている。
しかし、ここまで映画に心を丸裸にされるなんて。生活が刺激される。スクリーンの外の景色を変えてくれる。映画が在り続ける理由が、それが必要とされる意味が、全部ここに詰まっているのではないか。

 大切なものを失ってしまう、昭和に生きる一人の女性。その喜怒哀楽が柔らかくも力強く封じ込まれる。観終わってからずっとこの作品に触れた温度が、そこで受けた衝撃が、一つも身体から抜けないでいる。目を腫らし、いくら涙を拭っても、感情を外に放ち切ることはできない。
ここが世界のどこの片隅でもあるかのように、時代と場所を問わず降り注ぐ“日常”が、こんなにも愛おしく感じられるなんて。

 『長い道』『夕凪の街 桜の国』などで知られるこうの史代の原作を、『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督が劇場アニメ化。本作はクラウドファンディングで制作資金を募り、わずか8日間で目標金額の2000万円に達成。長い歳月をかけて、およそ3000人もの支援者たちが見守る中で今年ついに完成した。
そこに息吹をもたらす主演・のん(本名・能年玲奈)が、コメディエンヌとしての才能を十二分に発揮する。今もなお熱烈なファンを残すNHK朝ドラ『あまちゃん』から3年後、また彼女にとって新たな代表作が誕生した。本作で女優業に本格的に復帰するのんと、彼女が演じる主人公・すずさんの“再生”の物語が重なり合って見えるのも本作の大きな魅力だ。