スピを求めるのは××が言えないから?

そんなスタンスだったわたしが、再びスピリチュアルに興味を持ってみようと考えたのは、前回も書いた通り、38歳の誕生日を迎えたことがきっかけでした。40歳を迎えるまでに、一番苦手なことに挑戦しようと考えて、スピリチュアルを学んでみようと思い立ったのです。

すぐさま、スピリチュアルに傾倒している友人を呼び出して「教えてくれ」と頼んだところ、大喜びでアセンションやら意識レベルとやらを解説してくれました。が、正直言って、話を聞いてもあまり興味が持てない。というか「わたしは巫女の血を引いている」「五次元が見える」といった発言をくりかえす友人に、どんどん引いている自分がいる。

それでも「学べばきっと発見がある」と第2回の会合を約束して別れたのですが、「あー、やっぱりスピは無理」と思ったのは、また別のスピ女子の、Twitterでの発言がきっかけでした。

「スピ系の女子たちは、ダイレクトな言葉を口に出来ないから、キラキラワードを使っている。なのに“マ〇コ”って口に出来るエロ系の女子たちは、自分たちが“マ〇コ”って口に出せるのをいいことに、スピ女子のキラキラワードを馬鹿にしている

確かに一部のスピ女子たちが、性的な事柄にこだわるわりには、「お宮」などという、ふわっとしたワードを使うことを不思議に思っていました。まさかマ〇コと口に出せないからだとは、想像もしていなかったし、さらにはマ〇コと容易に口にする女性は、自分たちを馬鹿にしているだなんて、言いがかりではないか。

しかし同時に、裏を返せば、マ〇コと言えないからこそスピを必要としているのかもしれない、という説も思いつきました。ならば、マ〇コと堂々と言えるわたしに、スピはいらない。巫女の血も意識レベルの高さも、どうでもいいし。世の中には、信じる信じないとは別に、その物事が必要か不必要じゃないかっていう判断基準もある。

こうして、再び始まったわたしの精神世界への冒険は、瞬く間に終了したのでした。残りの人生も引き続き、即物的世界で生きていきます……と言いつつも最後に、「〇〇の母」を一緒に訪れた恋人は、わたしと別れた次に付き合った女性と20代で結婚し、わたしは30代で今の夫と一緒になったという事実も、付け加えておきます(笑)。

Text/大泉りか

次回は<「ブス!」は自分にやましいことがある人間が使う言葉だ>です。
お笑いコンビ「相席スタート」の山崎ケイさんによるエッセイ『ちょうどいいブスのススメ』がドラマ化にあたって炎上した件と、大泉りかさんがブス呼ばわりされた2度の経験から、人様に「ブス」と言う人たちの心の内を考えます。

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