「どうでもいい、つまらない話」をしてくれる友人はいますか?結婚式出席で気づいたこと

どうでもいい日常の話をする友人

友人の結婚式 Fernanda Latronico

先日、友人の結婚式に出席してきた。

そもそも私は結婚式が苦手だ。自分は機能不全家族のなかで育ち、絶対に作りあげることのない幸せを目の前にとても落ち込んでしまうのもあるが、どのような面持ちで参加すべきなのかわからない。自分なりの祝福をどうやって表現するのがあるべき姿なのだろうか。この幸福に満ち溢れた空間に、私の居場所はないんじゃないか。特に大して仲がよくなかったり、心から好きではない人の結婚式に出席すると余計な考えがいつも私の邪魔をする。

でも、彼女の場合は別だ。「嫌だと思うけど」「こういう集まりが苦手なのは知っているけれど」という前置きが何度も何度もあったあと、呼ばれることになった結婚式。行きたくないし苦手ではあったけれど、私はふたつ返事で「普通に出るよ」とかなんとか、答えたような気がする。当たり前じゃないか。だって、あなたは今の旦那さんと出会う前からどんな結婚式にしたいのかを話していたし、そんなときから私の席をどこにすべきか悩んでいたし。

結婚式は、すごくよかった。ごくごく普通な感じで。自分で作り上げられる部分はこだわりを持ち、しかし形式からはみ出ることなく進行していく結婚式はとてもよいものだった。何も負の気持ちのない、清らかな心で彼女には幸せになって欲しいと願っていた。

私は、旦那さんがどんな人かも知らない。彼女からどんな性格をしていて何に対して不満を持っているのかはなんとなく聞いたことはあったが、実際に顔を合わせるのは初めてだった。そんな2人が結婚式を決めていく。決められた自由や余白のなかで思う存分楽しむのは、なんとも彼女らしいな、とよくわからないソースのかかった高そうな肉を口いっぱいに頬張りながら思ったりしたのだった。

彼女は私にとってはかなりどうでもいい、つまらない話をする人だった。友達にどういう人がいて、誰と何をして、家族にはこういう人がいて、自分の知り合いとどんな関係なのか、そういう私には直接関係のない日常の話を、さも当たり前のようにする。私は、その話をいつも「なんでこの話を私にするんだろうな」と心のどこかで思いながらも、それなりに聞いていますよという態度を取りながらありきたりな返事をしていた。

何人もの友人を交えて一緒に遊んだり、お酒を飲んだりすることもあったが、「壁がある」とか「人のことをまったく信用していないのがわかる」と言われてしまった。私は人と仲良くなるのも、興味・関心を持ってもらうのも割と得意な方だ。でも、人の話をそつなく聞きながら、「つまらないな」「どうでもいいな」という気持ちがどこかから漏れているから、こんなことを言われてしまったのかもしれない。でも彼女はそれもお構いなしに、それこそ私の態度や返事なんて大したことがない風に話を続けるような人だった。