どうでもいい蕎麦屋での「共通の経験」がわたしと恋人を結びつける

いちばん近所の蕎麦屋に彼と

ざる蕎麦のフリー画像 Masaaki Komori

先週まで書いてきた、新しく一緒に暮らし始めた恋人は、プロレスや映画、特撮といった、サブカルチャーをモチーフとしたTシャツブランドの代表兼デザイナー。近所に実店舗を構えているものの、デザイン作業は自宅ですることも多く、一方のわたしも外に事務所などを借りていなかったため、2Kのアパートの一室は、自然とふたりの仕事部屋になりました。

ふたりの1日は、昼前に目を覚まし、テレビを観ながら、わたしが作ったごはんを一緒に食べて始まります。その後、本棚を真ん中に置いて互いのスペースを仕切ってある、それぞれのデスクで作業。夜になると彼は、もう1店舗経営しているバーカウンターに立つために出掛け、わたしはわたしで、友人を誘って晩御飯がてら外で飲んだりして、彼の店に顔を出すのは時々。ようするに、恋人と一緒にごはんを食べるのはランチが主で、夜は別々というのが、我々の生活の基本的なパターンでした。

わたしは、料理を作ることは苦にならないというか、むしろ好きなほうでした。おまけに新しい恋人は、前の恋人とちがって好き嫌いがなく、たとえおかずが納豆しかなくても「たまにはこういう質素なご飯って美味しいよね~!」と逆に喜びを見出してくれる人でした。だから、毎日昼食を用意することには、なんのストレスもありません。

しかし彼は、外食も好きな人だったので、週に1回くらいは「今日は外で食べない?」と誘われるのが常でした。もちろんそれに異論はなく、ほどよいところで仕事の手を止め、すっぴんにダテメガネをかけ、自転車で連れだって駅前あたりや商店街へとくりだします。

行列の出来るラーメン屋や、ドラマ「孤独のグルメ」にも登場したアフガニスタン料理の店、安定感のあるネタが出てくるチェーンの寿司屋、隠れた名店として知られている韓国料理屋、学生時代の若乃花貴乃花の行きつけだったという中華料理屋など……一通り、近所の繁盛店や、食べログ人気店、気になっていた店をほぼ制覇し終えたある日のこと、恋人が「ここ、入ってみない?」と提案したのは、家から最も近くにある蕎麦屋でした。