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  • 2017.12.23

「2年経ったら結婚しよう」という言葉がわたしを6年縛り続けた

自分を理解してくれない。嫉妬心が強くて束縛が強い。当然、会えば喧嘩ばかり。そんな恋人にもかかわらず、大泉りかさんが6年も交際していたのは、「付き合って2年経ったら結婚しよう」という呪いの言葉のせいでした。

なぜ不満な男性と6年付き合ったのか

男性の後姿と、彼にしがみつくように抱きしめる真顔の女性の画像
by panajiotis

 先週書いたように、20代の半ばを過ぎた頃、わたしは恋人に“わたし”という人間への理解を求めるのを、諦めました。それまでずっとこだわり続けていたけれど、それは無理なことだったのだとようやく理解したのです。絶望しながらも、清々しい気持ちもありました。自分を長らく縛っていた鎖から自由になった解放感です。

 そういう思いで付き合った新しい恋人のことは、これまで幾度かこの連載にも書いているので、今回は「なぜわたしは、その男性に不満を抱きつつ6年も別れなかったのか」、その心理の流れを探っていきたいと思います。

喧嘩ばかりだった付き合い始め

 新しい恋人は、とても嫉妬する人でした。けれども、自分の嫉妬深さを認識していなかったと思います。わたしを束縛する行為を「恋人として当然の権利」だと思っていた。だから、自分の気に食わないような行動をわたしがとると、自分の権利が侵害されたと感じて、やめるように訴えたり、説き伏せようと怒ったりしていました。

 もちろんわたしは反発しました。仕事も遊びも刺激だらけで、それをいくらでも吸収したいと考えていたのです。だから、付き合い始めは喧嘩ばかりしていました。あまりに喧嘩になるので、もう別れたほうがいいんじゃないかと思ったこともあります。そんなわたしの気持ちを敏感に悟ったのかはわかりませんが、彼はある時、こんなことを言いました。
「いまは付き合い始めだから、お互いのちょうどいい距離感がわからないで喧嘩ばかりだけど、たぶんそのうちわかってくるよ」。

 なるほど、一理あります。それに、この言葉は「自分も変わるつもりがある」という意思があってのものだと思いました。だから、相手がこちらに歩み寄る気があるのならば、わたしも相手に歩み寄ろう、そう考えたのでした。

「2年経ったら結婚しよう」

 しかし、お互い歩み寄るはずが、わたしが彼のために我慢するばかりでした。なぜなら、喧嘩の原因はすべて、わたしの行動を彼が気に入らないのが発端だったからです。

 仕事の飲み会で昔の恋人と一緒になったと言えば怒り、原稿に3Pをした経験があると書けば喚き、北海道のフェスに友達と行こうと思っていると告げれば「俺は金も休みもなくて行けないのに」と嘆き、リリー・フランキーのところに原稿を取りに行ったと話せばその夜に突然「仕事で有名人と絡んだ自慢するやつって嫌だよな」と吐き捨てる。
彼がいちいちわたしの行動に傷つき、「俺のことも考えてくれ」と言うたびに、わたしはだんだん、自分が加害者であるような気分になってきました。

 けれども異性関係に限っては、嫉妬されて嬉しくないこともなかった。その嫉妬がつまらなければつまらないほど、「彼に愛されている」と強く実感が持てたからです。愛されている実感をさらに強くしたのが、「付き合って2年経ったら結婚しよう」という彼の言葉でした。実はそれまで、わたしは付き合った相手に、きちんと「結婚しよう」と言われたことがありませんでした。だからその時、相手が結婚まで考えていてくれたことを知り、驚きながらも嬉しかったのです。

 どんなに喧嘩が多くても2年後にはマイルストーンが置かれている。彼の言葉は、希望に思えました。けれどもそれは、わたしを6年間縛り続ける呪いの言葉だったのです。


――次週へ続く


Text/大泉りか

次回は<守られなかった「2年経ったら結婚」という約束…お金のない彼と海辺の町へ>です。
どんなに喧嘩が多くても彼氏と別れなかった大泉さん。彼の「2年経ったら結婚しよう」という言葉を信じていたからです。希望を持ち続けていた大泉さんは結局、6年間も彼氏に縛られることになりました。「2年経ったら結婚」という言葉は希望ではなく、別れられない呪いだったのです。

ライタープロフィール

大泉りか
キャバ嬢、SMショーのM女、ボディペインティングのモデルなどの経歴を経て、現在は官能小説家、ライトノベル作家。
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