下品さとエロさを抱えながら、もっといい女になってやりたい

以前から思っていたんですけど、日本人が「エロ」「性的」だとジャッジする幅ってあまりにも広いなと思う。少し前に、これまた好きなUK出身バンドのライブを見たくてはるばるロンドンまで飛んだことがある。おそらくティーンの子なんだけど、穴の開いた網タイツにチェックのスカート、白いブラウスを着ていて、普通に乳首が浮いている。それもさもファッションの一環ですよ~というくらい自然に浮いている。日本人である私はぎょっとしてしまったのだが、誰も気にしていない。今まで見たことにない光景に、私は大きなショックを受けていた。こんなに自由でいいのか、と思ったからだ。

というのも、ご存知かもしれないが私って結構ガサツで適当な人間で、それは身に着けているものでもよほど大切なものではない限り、ぞんざいに扱ってしまうことがある。そこには下着も含まれ、性別に関係なく「パンツ見えてるよ」「ブラジャー見えそうだよ」と指摘を受けることが多々あるのだが、私自身あんまり気にならないんですよね。

まあ、すみませんね。汚いものを見せてしまって、という意識はあるが、結局下着なんて隠すためのものなので、隠すものが見えているのであれば本来の役割を果たしているのではないか?というのが私の考え。そりゃ、男の人より身に着けてるもんが多いんだから見える確率も高くなるでしょうよ。下着が見えているってそんなに駄目なことなのか?とは、結構本気で思っている。もちろん、わざわざ見せようとは思わないが。

海外旅行で日本以外の国に行くと、中心街であっても結構適当な服装の人やすっぴんの人、おばあちゃんに怒られそうなくらい露出の激しい服装をしている人やどぎつい原色の服を身に纏っている人がいたりと、カフェでコーヒーを飲みながらボーっとどんな人がいるのか眺めているだけで楽しかったりする。

日本人ってなんでみんな小綺麗なんだろうね? それは人の目が怖いからだったり同じだと安心するからだったり、人と違っているのが怖かったり、色んな理由があると思うんだけど、下着に関してはエロや性的な何かを感じ、+αの意味合いを求められて面倒になるからに他ならない気がするんですよね。実際ただの布で、Tシャツや靴下と大きく役割は変わらないわけで。本来の目的から逸れた意味を持ってしまうから、何か卑猥なものに変化していくのだと思う。

私が中学生の頃、腰パンが流行っていて、これでもかというくらいトランクス丸見えで制服を着ている同級生のヤンキーが羨ましかった。「女の子なんだから!」「だらしない!」と言われたことがないであろう、彼になってみたかった。一人暮らしをはじめてから、パンツ一丁でフラフラしているときの解放感も忘れられない。体育の授業中や海やプールで「あっちー」っと言いながら上裸になれる人たちは、圧倒的に私とは違うんだと思った。

この感覚は、私が男性に対して抱く憧れから来るものかもしれないが、性的な何かに対して恥ずかしがったり罪悪感を覚えたりせず、堂々とできたらいいのに。それもそれで、「自分らしさ」とか「なりたい自分になる」につながる話なのではないか。

かっこよくなりたい。人の目を気にせず、したいようにしたい。下品さとエロさを抱えながら、周囲の視線を全否定して、もっといい女になってやりたい。まだまだ先にはなりそうではあるが……。

Text/あたそ