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  • 2016.02.24

VERY妻になりたかった母の死から学んだこと

将来はVERY妻になって、周りから羨まれるようになりたいと思っている方、要注意です。世間ではセレブ妻ともてはやされても子どもにとっては毒親になっているかもしれない…アルテイシアさん自身の凄絶な体験を切実に綴ります。

オクテ女子のための恋愛基礎講座 アルテイシア
©jaguarmena

 新刊『オクテ女子のための恋愛基礎講座』では「本当に幸せになれる相手をみずから選ぼう」と書いてます。
そのために「自分にとっての幸せは?本当にほしいものは何?何を捨てられて何は捨てられないのか?その優先順位は?」を考えましょうと。
私は一貫して「他人軸ではなく、自分軸で考えて選ぼう」と主張してきました。その主張の陰には、母の存在があります。

 母は今でいうVERY妻になりたかった人でした。
キラキラ女子の最終目標、勝ち組の象徴。ハイスペ夫と結婚してセレブ主婦になり、子どもを有名私立に通わせて、周りから「幸せそう」と羨まれる存在。
母はその目標を叶えたけれど、全然幸せそうじゃなかった。そして最期は誰にも看取られず、1人暮らしの部屋で遺体で発見されました。

セレブ婚をした後、どんどん壊れていった母

 母はとても美しい人でした。母似の弟は若い頃モデルをしていました。ちなみに私は父似で、父は左とん平に似ています。
母は若い頃からセレブ志向が強かったらしく、24歳でお金持ちのお坊ちゃんの父と結婚しました。父は高学歴のエリートで、親から継いだ会社を経営していた。

 自分の学歴の低さがコンプレックスだった母は、私と弟を有名中学に入れるのに必死でした。「あなたのためを思って」と言っていたけど、そんなの詭弁だと子どもでもわかる。
実際、母の日記には「イトコの○○ちゃんよりもいい学校に入れる!」等と書かれており、私と弟は仁義なき代理戦争に巻き込まれ、マウンティングの道具にされたのです。

 クソみたいな受験地獄を経て、姉弟共に有名中学に合格。誇らしげな母を「自分が勉強したわけじゃないのに、なぜ誇らしげなのか?」と冷めた目で見ていた私。
その頃には夫婦仲も冷めきっており、父は家に帰らなくなっていた。そして私が中学の時にバブル崩壊で父の会社が傾き、結婚生活も破たんしたらしい。

「らしい」というのは、私は両親の離婚を親せきから聞かされたから。親せきに「あなたも大変ねえ、ご両親が別れて」と言われて「えっ、うちの親リコンしてたんだ!」とビックリ。十代の娘にとって親の離婚は人生の一大事で、大ショックな出来事です。
でも“夫婦円満なセレブ妻”でいたかった母は、子どもにすら真実を告げなかった。

 セレブ婚が破たんしても、偽物のヴィトンやシャネルを購入して着飾っていた母。そんなブランド好きで見栄っぱりでミーハーな母を、私はどうしても好きになれなかった。
その頃、母はよく「ファッションデザイナーになりたい」「レストランを経営したい」と夢を語っていました。母には専門スキルなど皆無だったし、なにより服作りや料理に興味はなかった。

 結局、母の基準はすべて「他人に憧れられること」。他者評価しかモノサシを持たず、「自分はこれが好き」「自分はこれが幸せ」と言えるものがない彼女は不幸だったと思う。
 

スペック狙いの結婚の悲惨な末路

 私が高校に上がる頃から、母はアルコールに溺れるようになりました。
「誰々さんにバカにされた」と深夜に無言電話をかけたり、「有名人にプロポーズされた」と電波な妄想を話し続けたり。またリストカットやオーバードーズもするようになり、何度か救急車で運ばれました。
母がどんどん壊れていくのを私は止められなかった。

 父に連絡すると「俺には関係ない」と無視されて、祖父(母の父)からは「おまえがついていながら何やってるんだ!」と怒鳴られて。
「このままでは自分か母を殺してしまう」と思った私は「逃げよう」と決意しました。
その選択をした十代の自分を褒めてやりたい。自殺や他殺をするぐらいなら、逃げた方が5億倍マシだから。

 国立大学に進んだ私は、バイトしながら自活を始めました。すごく大変な日々だったけど、何物にも代えがたい自由を手に入れた。
そして大学一年の冬、阪神大震災が起こりました。私自身も神戸で被災して、友人知人を亡くしました。
震災の数日後、神戸の街でバッタリ父に出会うと「なんやおまえ、生きとったんか!」と言われました。
震災報道でメディアは家族の絆を強調するけれど、それがない人だっているのです。

 広告会社に入社した後も、父は私に金銭をせびり続け、借金の保証人になれと脅し、弟の貯金を使いこむなど、ろくでなしの例文のような行動を繰り返していた。
しかしこの父には二十代の彼女がいたらしい。借金まみれの左とん平のくせに。
「若く美しい女が好きな男は、加齢した妻を捨て、新たに若く美しい女を求める」というデフォルト地獄絵図。

 父と母は似た者同士でした。自己愛の強すぎる者同士、スペック狙いで結婚した者同士の悲惨な末路。大人は勝手に不幸になればいいが、その子どもも巻きこまれる。私も毒親の呪いに苦しみました。

 母から昼夜を問わず電話がかかってきて、出ると一方的に話し続けて何時間も切らない。無視すると何十回も電話をかけてくる。それでも無視すると、職場に押しかけてくる…という毒親あるある。

 28歳の時、体を壊して広告会社を辞めた時も、母は「あなたは辞めてないわよ」と認めようとしなかった。
「有名企業に勤めるエリートの娘じゃなきゃイヤなんだ。娘の体の心配よりも、そっちの方が大事なんだ」
そんな母には慣れていたけど、もちろん深く傷つきました。

私が誰かもわからなくなった母

 私が33歳の時、拒食症によって母は入院しました。身長160センチで体重は37キロ。数年ぶりに母を見て「バタリアンのオバンバみたい…!」と息を飲んだ私。
母の手帳には、日々の体重グラフと「目指せ35キロ♡」の文字が。「痩せたら美しくなれる」という十代の少女のままの発想だったのでしょう。

 母とは絶縁状態でしたが「死にかけの老人を見捨てるのは人として仁義に反する」と思い、娘としてじゃなく人として、私は病院に通いました。
ICUで管に繋がれた母は意識障害を起こしていて、私が誰かもわからない状態でした。そんな幼児のような母を見て「今の母なら愛せる」と思った。今の母なら私を傷つけないから。

 ちなみに母は私を「中曽根さん」と呼んでいて、私も「やあレーガン大統領、ロンと呼んでいいかな?」とそれらしく返答。 2か月の入院中、夫は親身に支えてくれて「この夫と結婚してよかった」と実感しました。また女友達も支えて励ましてくれました。介護にまつわる体験談やアドバイスをくれる年上の女友達の存在は特にありがたかった。
母には見舞いにくる友達は1人もいませんでした。

 その後、母の容体は回復、口を開けばワガママと悪口の通常運行に戻った。
ある日、病室に入ると、しわしわのミイラのような母が、男性医師に「誰か男の人を紹介して」「お医者さんと結婚したいの」と訴えていました。
それが母に会った最期になりました。

 退院から半年後、12月の真冬の朝。1人暮らしの部屋で母の遺体が発見されました。死因は心臓発作。
こういう場合は変死扱いになるらしく、現場には警察の捜査官が来ていました。私も動揺していて、死体の確認や現場の立ち合いは夫にしてもらった。

メイン2
24 -TWENTY FOUR- シーズン8

 その時、夫は『24』のジャンパーを着ており、背中には『連邦捜査官』のロゴが。
「しまった、こんな服着てくるんじゃなかった…」と呟く夫に「こんな状況でも笑わせてくれる夫がいてありがたい」と感謝した私。

 検死等も済んだ後、母の部屋を訪ねました。部屋には壁一面、20代の女子が着るような服がかかっていて、ホラー感が漂っていた。
59歳になっても「若く美しい女」の幻想にしがみつき、「若く美しい女が金持ちの男に選ばれ、人に憧れられる生活を与えられる」という、全てが受け身な幻想を捨てられなかった母。

 母の葬儀はごくわずかな親族のみで行いました。誰も泣いてないお葬式の後、弟とこんな会話を交わしました。
「僕たち、血も涙もない兄弟なのかな?『東京タワー』のリリー・フランキーみたいな人もいるのに」
「羨ましいよね、お母さんが死んであんなに悲しめて。でもしょうがないよ、もらってないものは返せないから」

 正直、私は母が死んでホッとしました。と言うと「親不孝者!人でなし!」と四方八方から石が飛んでくる。「もう二度と火山の噴火に怯えずにすむ」という思いは、経験した人間にしかわからないから。
親が死んで悲しめない子供が一番悲しいのに。

 私は母に愛されたかったし、母を愛したかった。でもどうしても無理で、母のことが嫌いだった。親だろうが誰だろうが、人には嫌いな人を嫌う権利がある。
母を嫌いだったからこそ、私は彼女のようにならずにすんだ。

 私はスペック関係なく夫を選び、格差婚と呼ばれたりしたけど、お陰で幸せになれた。生まれて初めて安心感を感じて、毒親の呪いから解放された。
他人や世間がどう思おうが関係なく「私はこの夫が好き、この夫と生きていきたい」と思える相手を選んだよかった、心からそう言えます。

 もともとの家族がダメでも、人はみずからパートナーを選んで、新しい家族を作れる。
母のお葬式で「もし今自分が不幸だったら、死んでも母への恨みが消えなかっただろう」と思いました。
でも私には愛する夫や大切な友達がいて「色々あったけど、今が幸せだからまあいっか」と思えた。
そして母の棺を「お疲れさん!もし生まれ変わりがあるなら、次は幸せになってね」と見送りました。

 でも本当は来世でリベンジを狙うのではなく、今生で幸せになってほしかった。いいお母さんじゃなくてよかったから、幸せでいてほしかった。あんな死に方してほしくなかった。
その思いから「男に選ばれるのを人生の目標にするのはやめよう」と書くのです。

 世の女性がみずから人生の選択をして、幸せになりますように…(合掌)


オクテ女子のための恋愛基礎講座 アルテイシア
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Text/アルテイシア

アルテイシアさんの連載「アルテイシアの恋愛デスマッチ」も合わせてどうぞ!

ライタープロフィール

アルテイシア
作家。

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