結婚するなら「人のだらしなさを気にしない人」が断然おすすめの理由

「結婚するなら〇〇な人」という提言、ありますよね。ルックスや収入は変わることがあっても性格はそう変わらないから「優しい人」、毎日見ることになるし喧嘩したときにも意外と許せちゃうから「好きな顔の人」、一緒に暮らすのに合わないとストレスが溜まるので「価値観の合う人」、お金がないと揉めなくていいことで揉めがちだから「収入の高い人」などなど。既婚者の言う「結婚するなら〇〇な人」というのは、自らの結婚生活において「よかった」と実感しているパートナーの美点を表現したものだと思います。しかし、美点に溢れたパートナーであっても、合わない・理解できない部分もあるはずで、けれども美点を知っているからこそ、結婚生活の中の「ちょっとないわ」にも目を瞑ることができる。

さて、結婚して今年で9年目になるわたしですが、夫の良いところをピップアップすれば、明るいとかポジティブとか物事を引きずらないとか顔が好きとかチンコの勃ちがいいところ……でしょうか。一方で不満があるとしたら、ガサツだとかスケジュール管理ができないとか床にモノが落ちていても拾わないとか下半身がだらしないといったこと。それでも、神経質でスケジュール管理に細かく、床に落ちているものを拾う度にくどくどと文句といい、わたしが男友達と会ったりするだけで嫌な顔をされるよりかはマシなので、むしろ不満に思っているところも、見方を変えれば “良いところ”にもなる。

良いところも、良いと思えないところも、おおよそは結婚する前からわかっていて、それでも「この人とならば一緒に生きていける」と思って結婚したわけですが、ひとつだけ結婚する前には気が付かなかったこともある。それは「人のだらしなさを、とことん気にしない人」であることです。

子どもができて変わったこと

というのも、結婚した頃は当然、子どもがいないのでわたしも夫も、非常に自由に暮らしていました。働いて稼いでいるのだから、自分の好きに生活をして当然。風呂に入らないで寝るとか、歯磨きをしてからアイスクリームを食べるとか、朝から夜まで酒を飲んでるとか、〆にラーメンをキメるとか、昼頃まで寝ているとかであっても「独立した大人なんだから、好きにさせろ」というスタンスで生きてきて、それを「だらしない」なんて思ってもいなかった。

ところが、子が出来ると、やはり子どもに合わせた生活を送る必要が出てくるし、あまりだらしないのも、よくない気がしてくる。だって、親であるわたしがだらしない生活をするということは、イコール子どもにも、だらしのない生活をさせるということになってしまう。