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  • 2016.12.27

女性向け「ポルノ」とは結局何か?――女性のマスターベーションとポルノグラフィ

このAMの連載で、今まで何の定義もせずに使ってきた「ポルノ」という言葉。何がポルノで、ポルノとはどういうもので、それを決めるのはいったい誰なのでしょう?考えれば考えるほど難しい問題ですが、ヒントとなるのは2つの研究のようです。女性にとってポルノとは、本当に「オナニーの道具」なのでしょうか?

連載タイトルの秘密

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究
by negativespace.co

 連載第20回にしてようやく触れるけれども、この連載のタイトルは「東大院生のポルノグラフィ研究ノート」である。
AM編集部から案があがる前に自分で考えたタイトルを提出したら、それがスッと通った。

 自分でわざわざ「東大院生」を名乗って、肩書きを徹底的に利用してやろうとするいやしさと、そのくせ“研究”ではなく“研究ノート”を名乗って「まだ考え尽くしてないけどこれで許してくださ~い(^^;」と甘える保身が見え隠れしている。
我ながら、コンパクトに私の性格の悪さをよく表した見事なタイトルである。

 では、「東大院生」と「研究ノート」にはさまれた「ポルノグラフィ」とは何か?
これまでの流れに沿って現実的な狙いを明かすと、もし対象を「AV」に絞るとネタ切れするだろうなと思って守備範囲を広くするために「ポルノグラフィ」にしたのだけれども、まあ私のずる賢さの話はもう終わりにしよう。
今回の本題は「ポルノ(グラフィ)」という言葉はいったい何を指すのか、ということである。

 私は、何の定義もしないまま、何だかよく分からない「ポルノ」というものについて19回も論じてきたということになる。
(いや、本当は「男女の友情」みたいに、「ポルノ」っぽくないものも論じてきたのだけれども。)

 しかし、みなさんもそれほど違和感なく、今まで読んできてくださったことと思う。
「ポルノ」とはどういう意味なのか、いったい何を指すのか。表面上は、私とみなさんとでお互いに了解しているように見えるが、本当だろうか?

 さて、「ポルノ」が法学上どう扱われてきたかとか、歴史上最古の「ポルノ」は何かとか、"pornography"という言葉の語源は何かとか、そういう側面からも論じられるけれども、そんな話を始めたら、ここからまたさらに連載を20回重ねることになるに違いない。
この回だけで論じ終えるために、「女性にとってポルノとは何か」という話に絞り、これをある2冊の本から考えてみることにしよう。

ポルノはオナニーの道具か?

 卒論でも何でも、女性向けポルノについて研究しようと思うとき、絶対に読んでおくべき研究が2つある。
守如子『女はポルノを読む』(2010)と、堀あきこ『欲望のコード』(2009)である。

 この2冊、実はとてもよく似ている。
どちらも、男性向けエロコミックと女性向けエロコミック(レディコミ、BL)を買い集めて比較するという調査方法を取っており、当然その結果得られた客観的なデータもよく似ている。
出版されたのも8ヶ月しか違わない(守の方が出版は後だが、元になっている守の博士論文は2005年、堀の修士論文は2008年に提出されている)。

 では、2つの研究はどこが違うのか。
最も分かりやすい違いは、堀が「ポルノ」という言葉をあえて使っていないのに対し、守が「ポルノ」という言葉を書名にまで用いているという点である。

 堀あき子は〈ポルノ〉という言葉を使わず、一貫してこれを〈性的表現を含む女性向けコミック〉と呼んでいる(修士論文の時点では「ポルノ」と呼んでいたのだが)。
その理由は3つ挙げられている。①②は次節で考えるとして、まずは一番簡単で大事そうな③だけみてみよう。

なによりも、扱った女性向けコミックが〈ポルノ〉という言葉の印象にそぐわないという自分の実感(p. 4)

 堀は、〈性的表現を含む女性向けコミック〉の読者投稿ハガキコーナーの内容と、アダルトグッズ広告・プレゼントの有無まで分析している。
その結果、「ヤオイとTL[ティーンズラブ]ではマスターベーションとの繋がりは雑誌によって異なり、レディコミでは強い繋がりが明示されていた」(p. 83)と判断している。
要するに、ヤオイ、TL、レディコミといったジャンルの間や、あるジャンル内部の雑誌の間には、〈ポルノ〉とオナニーのつながり具合にグラデーションがあるのである。漫画のキャラがセックスしているからといって、それを読みながら全員がオナニーするとは限らないのだ。

 だから「オナニーのための道具」として「ポルノ」をイメージするならば、堀が言うように女性が読んだり観たりしているそれは、場合によっては「ポルノ」ではない。
男の価値観で「エロい漫画を読んだらそりゃシコるだろ」と無意識に思っていた私は、堀のこの議論を読んだときに目から鱗が落ちた。

 漫画だけでなく女性向けAVについても、もちろん観ながらオナニーする人もいるだろうが、「癒し」や「どきどき」や「きゅんきゅん」を補給するために観ている、という人もまた多いと聞く。
ならば私が19回も語ってきたそれは、「ポルノ」ではなかったのか?

女はポルノを読む

 堀が「ポルノ」という言葉を使わない理由の、残り2つは以下のとおりだ。

①〈ポルノ〉がその言葉の歴史性やイメージから、女性の性的欲望の肯定という意図から離れ、レッテルのはりつけや悪影響を及ぼす恐れがあること
②〈ポルノ〉という言葉に新しい可能性を付加しようとするのか、それとも、名付けることをしないまま「そのもの」を見ようとするのか、ということを考えたときに、名付けることの暴力性に敏感でなくてはならないと思ったこと(p. 4)

 ①は、めちゃくちゃ簡単に言うと、男に「うひー! こいつ、〈ポルノ〉なんて読みやがっていやらしい女だぜ!」と言われるのは不本意だ、ということだと思う。

 ここで対照させたいのが守の『女はポルノを読む』だ。
そう、タイトルは「女“は”ポルノを読む」であって「女“も”ポルノを読む」ではない。
守は、「ええ、ポルノ読みますけど、それが何か?」と堂々と居直るかのようである。

 このタイトルだけでも、「女性“も”性の解放のおかげで男性のみなさまと同じくらいポルノを楽しめるようになりました」という議論でないことが分かる。つまり、「男並み」を目指すのがフェミニズムではないからだ。
そうではなくて、もっと当たり前に存在している「ポルノを消費する女性」を発見しようとしている。このたった1文字の助詞に、静かなこだわりを感じるのである。

 これは②の論点にも通じる。
堀は「ポルノ」という言葉が背負っている不潔で卑猥な先入観が邪魔しないように、「名付けることをしないまま『そのもの』を見ようとする」。
しかし、守はむしろ「ポルノ」という言葉を受け止め、女性が楽しむものとして「〈ポルノ〉という言葉に新しい可能性を付加しようとする」。

 私は、ポルノは『男性のもの』ではないし、男性向けコミックのうちにもポルノと定義できない性的表現を含む作品は少なくないと考えている。また、女性向けポルノコミックと男性向けポルノコミックが異なる価値観によっているとはあまり考えていない。(『女はポルノを読む』p. 23、太字筆者)

 さあ、堀と守の立場を踏まえたうえで、「ポルノ」とは何なのか。女性が楽しむそれは「ポルノ」なのか。
おそらく、これは女性向けポルノを研究し続ける限りずっと悩み続ける問題だ。今すぐ結論は出ない。
だが、正誤とか善悪ではない、ただ好きか嫌いかの次元で直感的に判断するなら、私は守のスタンスのほうが好きである。

 女性の場合、「性的表現」とオナニーが男性ほど結びついていないという堀の指摘はもっともだ。
だが、「オナニーのための道具」として「ポルノ」を定義しないとしても、「ポルノ」という言葉を使い続ける価値はあると思う。私は言葉がもつ下品さ、卑猥さに賭けてみたいのである。

  *  *  *

 ちょっとでもスタンスが違えば、もしかしたらこの連載タイトルは「東大院生の性的表現研究ノート」になっていたかもしれない。
漢字が多くて、ずいぶん堅苦しい響きだ。こちらのタイトルだったら、ここまで連載が続いていたかどうか。

 読者のみなさんのおかげで、「東大院生のポルノグラフィ研究ノート」は、4月5日から約9ヶ月続けてこられた。
ネタ切れと戦いながら、2017年ももう少しがんばる予定なので、どうぞよろしくお願いします。よいお年を。

Text/服部恵典

次回は <俺は「#裏垢女子」になりたい――裸を「見られる」ことの苦しみと愉しみ>です。
AM読者のみなさんは、ツイッターの「裏垢女子」をご存知ですか?服部さんは、不特定多数の人々に自分の胸や性器の画像・動画を見せる彼女たちを否定するどころか、むしろ深く共感すると言います。裸を見られることには光と影があり、男性たちのなかにはその光に憧れる「裏垢男子」も登場しているようです。

童貞の疑問を解決する本

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程。同大学卒業論文では、女性向けアダルト動画について社会学的に論じる。

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