俺は「#裏垢女子」になりたい――裸を「見られる」ことの苦しみと愉しみ

裏垢女子が降ってきた聖夜

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 Stokpic

 セクシュアリティの研究をしているというのに、恥ずかしながら「裏垢女子」という存在を最近になって初めて知った。
私が「裏垢女子」を知ったのはクリスマスのことである。その夜、DMM.R18の検索窓に、私は「Hカップ 素人」と打ち込んでいた。バッカみてえだが、東大院生の私の計算が間違っていなければ、これが最もエロいAVが引っかかるはずの検索ワードなのである。結果、出会ったのが『[速報]めぐたんエロ垢Hカップ』というAVだった。

 そのサンプル動画のテロップには「裏垢:本来のアカウントとは別に設けられる『裏アカウント』を意味して、俗に用いられている語。『垢』は、アカウントを意味するネットスラングに由来する」、「某SNSにて、『裏垢』で検索をかければ、数え切れぬほどの裏垢がヒットし、多くの女性たちがそこで自分のヌードを晒している」とあった。
おいおいマジかと「某SNS」=Twitterで「#裏垢女子」と検索してみると、そこには想像以上の世界が広がっていた。俺にもサンタさんが来た……と思った。

 一度その世界を覗いていただいてからの方が話は分かりやすくなるのだが、気になる方は自己責任で検索していただきたい。手ブラ、セミヌードは序の口で、乳首まで見えた胸の画像や、オナニー中の音声までアップロードされている。それどころか、ヘアヌード画像、性器無修正の放尿動画・オナニー動画が決して珍しくないほどなのである。
ここで言う狭い意味での「裏垢」には、「裏の顔」的な意味合いのほかに、「裏ビデオ」的な意味が香ってくる。

 この「裏垢女子」現象は、自分にとって結構衝撃的だった。
それは、裸の価値のデフレ化を端的に示すと同時に、対となる「裏垢男子」の存在があったからである。