パスタ売場が欠品し「青の洞窟」など王族のものしかない「今夫婦で食べたい外食」/カレー沢薫

カレー沢薫のカレーなる夫婦生活連載バナー

今回のテーマは「今夫婦で食べたい外食」である。

緊急事態宣言解除をされた県も多いが、とてもコロナの影響がなくなったとは言い難い状態である。

というようなコラムの書き出しを他媒体合わせて、体感5億回ぐらいしておいて恐縮だが「じゃあお前はコロナの影響受けてんの?」と聞かれたら「いや?」と答える他ない。

仕事面に関しては割と大きなマイナス影響を受けているのだが、生活に関しては本当に何も変わっていない。 唯一俺たちのスーパー「THE・BIG」のパスタ売場が暴徒に襲われたが如く欠品しているのだけは困っている。 「朝液体・昼粉・夜パスタ」という食生活をしている私にとっては致命傷なのだが、同時に「ほう、貴様らやっとTHE・BIGの1キロ200円前後という、口に入れていいのか迷うレベルのパスタの価値に気付いたか?」とライブハウスの後列で腕組している自分がいないわけでもない。

これに二食158円のペペロソチーノソースをかけて食うと言う貴族の暮らしを長らくしていたのだが、当然ソースも軒並み駆逐されており「青の洞窟」など、王族が食う奴しか残っていなかった。

平素なら青の洞窟は「石油王が食う奴」と表現するところだが、コロナの影響で原油価値が下がり石油王がピンチと聞いたので、この表現は今使うことができない。

このように、常識というのはいとも容易く変化し、昨日の強者が今日の弱者、俺とお前とストロング酎ハイ、である。 昔だったらここのポジは大五郎だったのだが、9%ロング缶の台頭で安酒と言ったらもはやストロングなゼロになってしまっている。

世の常識も己の立場もいかに危ういものか、ということだ。

自分が安全地帯にいるとき、困っている人に「自己責任だから助けなくていい」などと言うと、いつか自分が大五郎した時、それはそのまま返ってくる、ということである。

「最強の自分」をイメージするのは何かの試合やガチャを回す時だけにしておかなければいけない。 人生は常に「最弱の自分」をイメージし、そうなった時どうしたら良いかを考えておかなければいけないのだ。

このように空になった「THE・BIG」のパスタ売場で立ち尽くす事で見えてくる真理があるわけだが「THE・BIGにパスタがないなら、フラカッソで食べればいいじゃない」と、中国地方出身のマリーアントワネットみたいなことを言えないのも現状である。 そもそもフラカッソはもう死んでいる。