気づいたら私は泣いていた「デートの思い出」

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今回のテーマは「デートの思い出」だ。

我々夫婦はデートの思い出どころか思い出自体が少なく、思い出アルバムが二つ折りしたA4紙でこと足りるという状態なのだが、唯一記憶に残っているデートは「つまんな過ぎて泣いたデート」だ。

おそらく、夫の前で泣いたのは、泣ける映画を見たなどの「感極まり系」を除けば、その1回しかないと思う。
そして何故泣いたのか、と問われたら「デートがつまんなかったから」としか言いようがないのだ。

「会った瞬間からやることがない」というのは、田舎の無趣味カップルには良くあることなのだが、その日も特にやることがなく、たまたまやっていた地域の文化祭的なところに行った。
そこでは、最近代表作である島耕作が騎士団長になったことで有名な弘兼憲史先生の講演などが催されていた。
先に言っておくが、講演自体は見ていないので、弘兼先生のトークがつまらなすぎて泣いたわけではない。
「セレブレーションファック」なる最高に痺れるライムを息をするようにドロップしたり、島氏の実の娘のマンションに突然ヘリを突っ込ませて殺したりする弘兼先生のトークがおもしろくないはずがない。むしろ、あのとき先生の講演さえ聞いていれば、つまんなくて泣くなんて自体にはならなかったはずだ。

だが不幸にも弘兼先生のトークを聞かなかったせいで、そのデートは全然盛り上がらなかった。
ちなみに、それはまだ、つきあい始めて間もないときであった。

結論から言えば、彼女を楽しませてくれない彼氏にむずがったという「赤ちゃん」などと言うのもおこがましい、肛門期丸出し状態になってしまっただけである。
二十代前半の時の話とは言え恥ずかしいかぎりだ。

しかし、いきなり泣き出したわけではい。乳幼児のくせに「言葉が喋れる」というさらなる性質の悪さがあったため突然「今日はもう帰る」と言い出したのである。
もちろん「だが理由は言わない」というおまけつきだ。

例え顔が石原さとみでもこんな女は銃殺だろう。しかし幸い日本では銃の所持が認められておらず、そして夫は気の短いタイプではない。

「弘兼先生のトーク」「日本の法律」「夫の性格」一つでも歯車が食い違っていたら、私はもうこの世にいなかったかもしれない。運命というのは数奇なものだ。