家族の話は聞かれたら「いる」位でいいのではないか「家族ネタでのマウント」/カレー沢薫

今回のテーマは「家族ネタでのマウント」である。

私の家の前は公園であり、ちょうど二階にある私の部屋の小窓から見下ろせる位置にある。

よって毎日15時ぐらいになると公園で遊ぶ子供、そしてそれを監視しながら井戸端会議をしている母親たちを見ることになる。

まさに「社会」の姿であり、自分はあの中に入れなかった人間なのだと改めて痛感したり、「パブロソをキメた僕が突撃してきたらあの子たちどんな顔をするだろう」と無敵の人無双をする自分を想像したりしている。

逆の立場で考えれば、毎日こんな八つ墓村予備軍に見下ろされているというのは怖すぎる。

公園で子供を遊ばせている親御さん方は、ぜひ周囲の住宅の2階の窓を定期的に確認してほしい。

自分が社会から断絶された存在なので、余計公園で会合を開いている大人たちが難なく、なんだったら楽しく社会に適合しているように見える。

しかし、それは「隣の芝生は俺の草よりキマリそうに見える」ということわざ通り、俺には俺の乳酸菌、あいつらにはあいつらの地獄があるのだろう。

一見ほがらかに談笑しているママグループの中にも、確執やヒエラルキーが存在し、できれば関わりたくないが子供がいる以上そうもいかず、太田胃酸をスニッフしてから嫌々参加しているママだっているはずである。

そういう人間からすれば、そのグループを遠くから見下ろしているだけでいい私の芝生の方がさぞケミカルに見えているだろう。

テーマは「家族ネタのマウンティング」だが、私にはマウンティングされる相手もする相手もいない。

もちろん大好きなTwitterで旦那自慢やおしゃれで丁寧な暮らしぶりを披露する無差別マウンティングをすることもできる。

しかし、マウンティングというのはそこそこ近しい存在にしないと意味がないような気がするし、マウンティングツールにTwitterを選んでいる時点でマウントの才能がない。

「アラブの石油王が羨まし過ぎて夜も眠れない」ということがあまりないように、嫉妬心や対抗心というのは何かしら自分と共通点がないと起こりすらしないのだ。

つまり、同性、同世代、同僚、同業間など共通点の多いグループほどマウンティングが起こりやすいのである。

またマウンティングするにも同業間グループで「俺には宇宙の声が聞こえる」みたいなマウントを取ってもあまり効果がない。
それが絶大な効果を発揮するのは同宗教間グループであり、そのグループで効果のあるマウントを取らないと、周囲は羨んでくれないのである。

例えば漫画家同士のコミュニティなら、アニメ化したとか100万部発行されたなどのマウントが効果を発揮するのだが、底辺漫画家グループになると、自分は8週打ち切りだとか、初版4500部だとか、いかに相手の下に潜り込むか逆マウンティング合戦になっており、そこで戦えば戦うほど下に落ちていくので、そういう逆マウントグループからは1秒でも早く脱出した方が良い。