過去と現在が平行して描かれるラブストーリー
一人の女性の青春時代と現在。かつての初々しい留学生の女の子が、一人の息子を持つ母親になるまでの過程と、そこに至るまでの恐るべき真実が平行して描かれている。
なぜ、夫・ディエゴはサラエボに留まったのか?そして、息子・ピエトロはどのようにして生まれたのか?
これらの“?”が“!”に変わる瞬間がある。ピエトロの出生の真実に辿り着くまでが非常にスリリング。すべてが点と点で繋がり、線となって胸に飛び込んでくる衝撃といったら。ピエトロが背負うギターにだって、観終わった頃にはちょっとした伏線だと感じてしまうでしょう。
ヒントはカート・コバーン。1990年前後の時代を切り取ると、そこにはサラエボの民族紛争とロックバンド・ニルヴァーナが浮かび上がってくる。これらは世界を揺るがし、その時代に生きた人の記憶に強烈な爪痕を残した二つです。
そしてオープニングが印象的。まるで現在と過去を横に並べたかのように、俯瞰撮影で映される船と海。画が止まっている船が現在で、激しく波しぶきが立っている海が過去。停滞する現在が、荒々しく稼動する過去に流されていく。そんな詩的な映像にも読み取れるのです。
悲惨な紛争の最中、暴力は愛に勝てるのか?
兵士の暴力によって作られた傷跡を、ディエゴがタトゥーでバラの模様に変えるシーンがある。ディエゴが撮ったそのタトゥーの写真は映画の冒頭で登場し、強烈な印象を残す。
この“サラエボのバラ”は映画のみならず、実際にサラエボ市内全域に今も存在するといいます。紛争で生まれた暴力が美しいバラに描き変えられるという希望は、この映画自体にも言えることです。
ジェンマが負った心の傷と、ピエトロの出生の秘密。拭いきれない悲しい過去を、美しく描き変えるのはディエゴが遺した愛の真実です。
果たして、暴力は愛に勝てるのか?その答えをジェンマが知るとき、映画は深い感動に包まれます。
戦場の残虐な行為をするのも人間だし、バラに描き変えるのも人間。
汚さと美しさ。過去と現在。対比で描かれるジェンマの回想が、ディエゴの想いを辿る旅に繋がるときこそ泣けてくるのです。