「自分はいつかビッグになる」
根拠のない自信は、いつだって絶望を与えてくれる。
東京の街なんてそんな自信に溢れている。今日も至るところで「いつか」「きっと」「夢」といった言葉が、「挫折」を目前にて崩れ、なくなっていく。

© 2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会
誰かが笑えば、誰かが泣く。それは夢だけでなく、恋にだって言えるかもしれません。
人生のシナリオは簡単に書き換えられない。そんな現実に直面する、ビッグマウスな年下男子とこじらせ女子のラブ(?)ストーリーです。
ストーリー
シナリオライターを目指す馬渕みち代(麻生久美子)は、今回もシナリオコンクールに落選。諦めきれず、友人を誘ってシナリオスクールに通うことになる。
そこで出会ったのは、自信過剰な年下男・天童義美(安田章大)。「俺がシナリオ書いたら大傑作書けるんちゃうか」と繰り返されるビッグマウスに、みち代はいつもイライラ。
やがて、講師の何気ない一言がきっかけで、老人ホームを舞台にしたシナリオを書こうとするみち代。元恋人の松尾(岡田義徳)が介護士として働く老人ホームのボランティアを始めるが、想像以上に過酷な現場に怖気づくみち代。さらに友人が映画の脚本を書くことを知り、嫉妬とやるせなさで落ち込んでしまう。
夢を追い続けるみち代と天童。果たして、みち代の夢の行き先、そして天童の片想いの行方は――?
夢も女も崖っぷち!救いようがないばしゃ馬さん

© 2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会
みち代がとにかく気の毒で、悲しくなります。
何度頑張ってもシナリオコンクールには掠りもしない。悔しくて部屋で号泣する。友人に先を越される。ほんと、どうしようもない。“夢”がこんなにも一人の女を苦しめるなんて…。
現実の恐怖が、何の罪もないみち代に次々と襲い掛かる。そんな地獄絵図で右往左往するみち代に自己投影してしまう人も少なくはないはず。ていうか、これが麻生久美子みたいな美人じゃなかったら絶望しかない。
みち代が老人ホームで働き出してからの描写も心苦しい。
仕事もまともにできない自分に嫌気がさし、挙げ句の果てに元恋人・松尾の前で泣き崩れ、頼ってしまう。そして地元の友人が結婚していく焦り。両親の目。これぞ崖っぷち。馬渕の「ふち」は、崖っぷちの「ふち」じゃないか。
夜間のシナリオスクールの教室の暗さがまたリアル。かつて夢を目指していた人、現在進行形で夢を目指している人にとっても、その暗さは心を掻きむしられる。
どうしようもないみち代と天童を客観的に見てしまうと、「この映画に出ている人たちは、一体何が楽しくて生きているの?」とすら思ってしまう。
こんなまったりとした絶望感に包まれた物語のどこに救いがあるのか?
それは、天童の底抜けに楽観的なキャラクターです。彼のような「まっ、何とかなるわ」精神はみち代にはない。それが理解できなくて苛立つみち代だけど、知らないうちに彼に癒されていることが分かっていくのです。
人生のシナリオは終わらない

© 2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会
みち代は夢の終わらせ方に踏ん切りがつかない。
「夢を終わらせるのってこんなに難しいの?」
松尾に泣きながら問いかけた言葉がグサッと刺さる。
人生は最後に(了)という字がつけられない。ハッピーエンドで都合よく終われない。良いことも悪いことも明日に続いていく。挫折するみち代は、延々と流れていく堕落に苛まれていく。
だけど、人生にはシナリオと同じように主人公以外の登場人物が存在する。一人じゃない。
みち代は天童の仲間たちとともに同じ時間を過ごし、その中で自分が今まで「夢のために」避けていた人との繋がりを実感する。
無駄な時間こそが無駄じゃない。夢を追い続けることだけが全てとは限らない。
楽観的な天童のおかげで、狭まっていた視野が急激に広まっていく。この救いの描写が、夢を追いかけるゴマンといる人々への希望にも見えてくる。
道は一つじゃない。シナリオは決められた展開しか歩めないけど、人生は簡単にころっと向きを変えることができるかもしれないのです。
挫折したみち代は映画のシナリオを書き続けるのか、それとも人生のシナリオを歩み始めるのか。それを天童はどう見守るのか。男女の関係に筋書きはない。その関係は恋か、友情か……。
誰もが人生の主人公だからこそ絶望を覚える。脇役なんかになりたくない。でも、「夢」が自分を苦しめるなら、一流の脇役になればいいのではないでしょうか。
シナリオは主人公だけで成立しないからこそ、面白くもつまらなくもなる。人生には色んな人がいるから、物語は動いていく。
このシナリオの結末は、夢を終えられないでいる人に希望を与えてくれるかもしれません。

© 2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会
11月2日(土)全国公開
監督:吉田恵輔
キャスト:麻生久美子、安田章大、岡田義徳、山田真歩、清水優
配給:東映
2013年/日本映画/119分
URL:映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』公式サイト
Text/たけうちんぐ
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