女性が支配する世界はきっと平和……な、わけがない。男女逆転小説で考える、「力ある者」のふるまい方

女性の力  Şahin Yeşilyaprak

長く、私は何の権力も持たない人間として生きてきた。女だし、キャリアも地位も学歴もないし、未婚だし、あとはコミュニケーション能力がないので場の空気みたいなものを良くも悪くも作れない。ようするに、マウンティングに使える道具が何もないのである。だけど逆説的ではあるが、何の権力も持っていなかったからこそ、自由にふるまえていたという側面もあると思う。私が誰に何を言っても、それは決して脅迫や抑圧にならない。そういう意味では、誰にも何も気を遣わずに、のほほんと生きてきた。

だけど、私も30代だ。最近になって「抑圧者」としての自分を、少し自覚するようになった。たとえば、20代の若者と私は対等に話がしたい。だけど、30代の自分がいくら対等にね! といったって、20代の学生からすれば、30代というだけでちょっと怖いのだ。こちらが何も考えずに言いたいことをぶつけてしまえば、20代の若者は反論できない。だから、「対等に」話すために、こちらが少し譲らなければいけないのである。話しやすい雰囲気を作るとか、反対意見を出しても怒らなそうなオーラを出すとか。まあエラくなったわけではなく、本当に、年を食っただけなんだけど……。

女性が支配する世界が訪れたら平和になる?

自覚できているだけマシだと思いたいが、「抑圧者」としてのふるまいはけっこう難しい。自分より立場の弱い者が、萎縮しないように、お互いにフラットでいられるように、神経を張り巡らす。会社の男性上司から飲みに誘われて、断りづらいな〜と思ったり、無料キャバ嬢のような振る舞いをさせられてムカついた経験のある女性は少なくないだろう。でも、自分がその男性上司の立場に立ったときに、自分より弱い者を慮って、「断りづらい」という気持ちを見抜けるか。「反対意見を出しにくい」という気持ちを考慮できるか。

前置きがだいぶ長くなった。今回読みたい本は、ナオミ・オルダーマンの小説『パワー』だ。なぜこの世界では、男性が女性を抑圧するのか。それはもとをたどれば、男性のほうが女性よりも物理的な力が強いからである。では、女性の腕力が、男性を圧倒する世界が訪れたら? つまり、男女が逆転したら――。

それはともかく、じつに楽しみです! おっしゃっていた「男性の支配する世界」の物語はきっと面白いだろうと期待しています。きっといまの世界よりずっと穏やかで、思いやりがあって──こんなことを書くのはどうかと思いますが──ずっとセクシーな世界だろうな。

冒頭に登場するこの文章について、説明しよう。『パワー』の世界では、女性のほうが、男性よりも強い。だけど、女性の支配する世界はそのまま「男女が逆転」しただけで、女性は男性をレイプするし、男性の行動や言動を抑圧する。女性が世界の支配者になったからといって、平和な社会が訪れることはない。手紙の中ではこんなふうに、「もしも権力を持つ者が入れ替わったら、平和な世の中が訪れるだろう」なんて呑気なやりとりが交わされている。抑圧者を入れ替えればいいわけではない。力のある者が、その力を自覚して適切にふるまわなければ、思いやりのある社会は作れないのだろう。

男性にも女性にも読んでほしい、フェミニズム小説

冒頭に登場するこの手紙のやりとりは、「とにかく女性の権利だけを拡大すればいい。女性が権力を手にしたときには、それを必ず正しく使うことができるから」と信じている人への、一種の皮肉のようにも見える。だけど『パワー』は、決してアンチフェミニズムの小説ではない。フェミニストを揶揄する小説だと勘違いして、彼女たちを鬱陶しいと感じている男性が読み出したら、きっと大目玉を食らう。

『パワー』の中で、力を手に入れた女性たちはとても残虐に振る舞う。男性を抑圧し、凌辱する。男性ジャーナリストのトゥンデは、そんな世界で1人での外出を怖れている。男性1人で出歩いたら襲われるかもしれないし、襲われたら加害者の女性ではなく、被害者の自分が責められるからだ。この残虐に思える世界は、だけど、この社会における女性にとっての現実でもある。

力のある者は、気を抜くとそれを自分に都合のいいように使ってしまう。それは、男性も女性も、きっと同じだ。「誰が力を持つか」ではなく、「力ある者はどうふるまうべきか」を考えていかないと、社会の状況は進展しないのだろう。だから私は『パワー』を、フェミニストにも、アンチフェミニストにも、両方に読んでほしいと思うのだ。

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