二郎の “夢”の延長線上に、今の私たちがいる
二郎が眠って見る夢の中には、ジャンニ・カプローニというキャラクターが出てくる。
世界的に有名な飛行機製作者である彼は二郎に助言し、挑発する。
現実では叶うはずのない夢が、夢の中で実現してしまう。
やがて二郎は夢を現実にした。
しかし、皮肉なことに夢の美しい飛行機は、現実では戦闘機になってしまった。
奇しくも、“夢”には二つの意味がある。眠るときに見る夢と、将来に憧れて見る夢。
この映画で描かれる夢は、その二つが混在している。だからこそ、覚める夢はあっても醒める夢はない。
この二つの“夢”により、二郎の頑丈な意志がより際立たされているのです。
二郎が最後に見る夢を、あなたはどう捉えるでしょう。
解釈は観る人の数だけ存在する。私たちが今生きている世界が、彼が見上げる空、そして夢の延長線上にあるように思うに違いない。
現代は歴史の上に成り立つ。だからこそ、夢のシーンは今の私たちに訴えかけてくる。それは警鐘でもあり激励でもある。
『生きねば。』というキャッチコピーを思い出さずにはいられない。
本作はかつてジブリが描いてきた世界観より、小さな印象を持つかもしれない。
だけど、一人の人間が持つ夢は限りなく巨大なスケールであることを、ちゃんと証明しているのです。
荒井由実の名曲『ひこうき雲』が流れる頃、映画館はすする鼻水と吐き出される嗚咽が音を添え、数々の風景の中で誰もが二郎と菜穂子の姿を思い浮かべるでしょう。
戦時中だからといって戦争を描いているのではない。最後に残るのは恋愛。
時代や場所も関係なく、すべての人が生きる上で体験する普遍的な物語です。
荒井由実の『ひこうき雲』で歌われるのはこの物語そのもの。だけど、あえて描かれていないシーンが歌になっているようにも思える。
菜穂子の見た景色と、二郎の夢見た空。それが一つに合わさったとき、二郎の我慢していた涙が容赦なく大量に零れ落ちてくる。
このひこうき雲は過去と現代と、映画と現実を繋ぐ。
長いけど消えそうなほど細い、一筋の希望のような線に思えてしまうのです。
物を作ること、人を愛するということとは?
ひこうき雲を見つけると、なぜだかちょっぴり嬉しい気分になる。それは、空高くまで人の足跡が残ったことへの喜びなのかもしれない。
夢から覚めるようにすぐ消えてしまおうが、二郎の憧れる夢のようにしぶとく何度もまた現れる。
限りなく広がる青空を分断する一筋の雲が、空への到達だけでなく、多くの夢と愛を描いてきた“映画”という文化の一つの到達点のように思える。
宮崎駿監督という一人のクリエイターの夢と愛は、決して個人が抱くだけに留まらない。
今まで「みんなが見たい夢」に徹して作品を世に送り出してきた彼が、初めて「自分が見ている夢」を映画化した。
それは、夢に生きる二郎と姿が被る。
物を作ることとは、人を愛することとは何か?
「戦闘機が大好きで、戦争が大嫌い」という、多くの少年がぶつかる矛盾の一つの回答を垣間見た。
数学のように答えは決まっていない。そこで教えられるのは、国語でも社会でも理科でもなく、何十年も矛盾と戦ってきた宮崎駿監督が作り上げた“映画”だった。
彼の夢と理想の中に、映画の凄まじさ、素晴らしさが全部詰まっているのです。
『風立ちぬ』が心に残すこのひこうき雲は、なかなか消えないでいる。
その雲の下に夢を追う人がいる限り、愛する人がいる限りは。
7月20日(土)より全国ロードショー
原作・脚本・監督:宮崎駿
キャスト(声):庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、大竹しのぶ、野村萬斎、スティーブン・アルパート
配給:東宝
2013年/日本映画/126分
URL:映画『風立ちぬ』公式サイト
Text/たけうちんぐ