「お前は一体何者だ?」―1人の尊厳を問う

映画 バリー・ジャンキンス ファントム・フィルム Moonlight たけうちんぐ ブラッド・ピット ラ・ラ・ランド アカデミー賞 2016 A24 Distribution, LLC

 第三部“ブラック”期で、シャロンは平穏な暮らしを望む人なら誰でも一歩引くような、コワモテの体格に変貌を遂げている。
だが、その身体を作り出したのは世間の誤解。誰からもバカにされず、虐げられないために身体で防御した。罪なき者が背負った罪から生まれた、哀愁を持った威圧感だ。

 すっかり変わり果てたシャロンに再会したケヴィンは「お前は一体何者だ?」と問う。
自分が何者なのか、即答できる人はいるだろうか。それを証明するのは職業でも地位でもなく、ましてや性別なんかじゃない。

 いくら年齢を重ねてもすぐに俯く癖が直らず、目に涙を溜める…そんなシャロンが何者であるか、尋ねたケヴィンが一番知っているはずだ。
月とそれを照らす太陽のような二人の友情を超えた関係に、今度は観ている我々が泣きすぎて水滴になりそうだ。

 アカデミー賞で『ムーンライト』が作品賞を受賞したのが、本編を観るとますます劇的に思えてくる。
本作の監督も脚本家もシャロンと同じように育児放棄され、過酷な環境に育ったという。その二人が、世界中が注目するエンターテイメント界の頂点に立ったこと自体がまさに『ラ・ラ・ランド』のように夢溢れる物語だったのだ。

 月は光を浴びている部分しか見えないが、その闇に隠れている部分を本作は見せてくれる。

 映画を観ることとは、他人に対する想像力を豊かにするためなのかも知れない。
住む場所も立場も人種も違うシャロンの心の中に入り込み、葛藤を共有する。それも作品が為せる技であり、人がもたらす希望でもある。

ストーリー

 マイアミの貧困地域で暮らす、内気な少年・シャロンは学校では“リトル(チビ)”と呼ばれていじめられ、家に帰ると麻薬常習者の母親・ポーラから育児放棄されていた。

 そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアンと、唯一の友達・ケヴィンだけだった。シャロンはケヴィンに友情以上の感情を抱くようになるが、その思いを誰にも打ち明けられずにいた。

 やがて10代になったシャロンは、相変わらず学校でいじめられていた。ポーラの麻薬中毒はますますエスカレートし、ケヴィンが傍にいながらも行き場を失くした日々の中、ある事件が起きる――。

3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

監督:バリー・ジャンキンス
キャスト:トレバンテ・ローズ、アンドレ・ホランド、ナオミ・ハリス、ジェネール・モネイ、アシュトン・サンダース、ジェハール・ジェローム、マハーシャラ・アリ
配給:ファントム・フィルム
原題:Moonlight/2016年/アメリカ映画/111分
URL:『ムーンライト』公式サイト

Text/たけうちんぐ

次回は<人気小説が星野源主演でアニメ映画化!痛々しい作戦で恋は実るか『夜は短し歩けよ乙女』>です。
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