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  • 2017.11.09

セクハラを流して大人の対応ができる女はイイ女だという呪い

「セクハラ・痴漢をされるのは女として魅力があるから」と言われることがあります。未だに「性被害を受けるのは見た目の良い子」という認識が根付いているのかもしれません。しかし、実際被害にあうのは「不都合な声をあげそうにない女」です。女性が性犯罪に遭わない、当たり前の環境で生きていくためには。

セクハラされる/流せる自分が好きだった

人に言えなさそうな女
by Zulmaury Saavedra

 性犯罪・セクハラの被害を全く受けずに大人になれる女の子が、いったいどれほどいるのだろう。
わたしは中学・高校と電車通学ではなかったため、電車内で痴漢に遭ったことは一度しかない。その代わり、セクハラを受けることは多い人生だった。

 わたしが初めて、これがセクハラだと思った体験は、中学3年生の頃。相手は同級生の男子。スクールカーストトップに君臨するAくんだった。下着の色やサイズを聞かれたり、偶然を装って胸を触られたり、性的なからかいを受けていた。

 はじめは驚いたし、動揺した。だけど、彼の機嫌を損ねたくなくて、常に明るいリアクションを返していた。彼の前で怒ったり泣いたり、ましてや先生に言いつけるなんて選択肢はなかった。あの頃、教室はほとんど世界そのもので、Aくんはその世界を支配する力を持っていた。彼の機嫌を損ねていじめのターゲットになるクラスメイトを見てきたから、自分がそうなるのが怖かったのだ。

 最初は何かされる度にトイレで泣いていた。だけど、数ヶ月もすれば麻痺してきて、何も感じなくなっていた。正直に言えば、セクハラを受けるのは『女としてアリ』だからだ、と妙な自信さえ持っていたように思う。「触んなよ、ブス!」と罵られるよりよっぽどマシだと。

 おそらくAくんに、わたしを傷つけている自覚はそれほどなかったんだろう。単純なふざけ合いの一環。だけどわたしにとっては、その後の考え方を大きく変える出来事となった。

大騒ぎしない女がいい女

 性犯罪やセクハラに遭いやすい女性は、大まかに2タイプいると思う。見るからに大人しそうで泣き寝入りしてくれそうな子と、軽くかわして気にしなそうな子。共通するのは「大騒ぎしなそう」ということだ。
前者は自覚のある加害者の、後者は自覚のない加害者のターゲットとなりやすい。わたしは典型的な後者だったので、中学を卒業してからもセクハラからは逃れられなかった。いつもヘラヘラ笑ってやりすごしていた。たぶん、それはセクハラ加害者にとって都合のいい「大人な対応」そのものだっただろう。

 もちろん、周りにはセクハラに対して真っ当に怒れる女の子もいた。けれど、だいたいそういう子は不当に不利益を被ってしまう。好条件のバイトを辞めざるを得なくなったり、サークルの人間関係が歪になったり、と。
そんな話を聞く度に、決して口には出さないが、「適当にかわせばいいのに」「気にしなければいいのにな」と思っていた。それができない友人たちより自分は大人で、上手に生きられているような気がしていた。
そんな呪いが解けたのは、社会に出て数年、セクハラのほぼない環境に身を置くことができてからだった。

 先日、Twitterでこの記事の冒頭と同じく「性犯罪・セクハラの被害を全く受けずに大人になれる女の子が、いったいどれほどいるのだろう」とつぶやいた。



 珍しく通知欄を注意深くチェックしていると、「全然可愛くない私でさえ、痴漢に遭ったことある」なんて反応を数件目にした。彼女たちの見た目の美醜はわからないけれど、「性犯罪・セクハラ=見た目の良い子が被害にあうもの」という認識がまだ根深いことを実感した。被害に遭うのは美人ではない。「加害者に不都合な声をあげそうにない女」だ。加害者は卑怯なだけだから。

 わたしはもう、セクハラに動じる心は失ってしまった。セクハラを受けても、道に転がるゴミを見た時とほとんど気分は変わらない。でも、誰かがそのゴミに躓いて大怪我を負ったりしないように、さっさとゴミ箱に入れたいとは思う。

 痴漢はいるし、セクハラをする男性もいる(もちろん女性の加害者もいる)。だけどそれをしょうがないことと捉えてしまうのは、すべての男性に期待をしていないのと同じだ。男性には、最低限の期待をして良いはずなのに。
これからの女の子たちが、性犯罪・セクハラに遭わない、当たり前の環境で生きていってほしいと願う。

Text/白井瑶

ライタープロフィール

白井瑶
ゆとりのアラサーOL。
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