年末の錦糸町。激サムな外はなんのその、偶然入った和食居酒屋ではどのテーブルも忘年会で盛り上がっていた。私たちのテーブルも、初対面同士の飲み会とは思えないほどに意気投合し、ハイペースにお酒を重ねていた。
今回の恋バナの主人公は、あさこちゃん24歳。
どちらかと言うと童顔だが、落ち着いた知的な口調が年より大人に見せている。「学生の時から付き合ってる彼氏がいて、もうすぐ結婚するんです」なんて堅実な言葉が似合いそうなのに、真実は中学の時から浮気男に翻弄される恋愛を重ねていた。
「惹かれる人は基本的に既婚者」なんて悲しいセリフを堂々と吐いちゃう彼女の、人生で一番好きだった人との恋愛を聞いた。
もうこの世にはいない、人生で一番好きだった彼
ったく、どんな不倫をしてきたのさ! とヘラヘラと問うと、
「前の会社の役員だった人。自分が付き合ってきた中で一番人として素敵な人だった。亡くなっちゃったんですけどね」
え……予想外の返答に、まわりの反応が消える。
全員でマジマジとあさこちゃんの顔を見つめるが、表情は読み取れない。
「あ、大丈夫ですから! 付き合いはじめた時から彼ががんであることは全然知ってたんで。どころか、初めて出会ったときから彼は既にがんで、そのことを公表してたんで」
あさこちゃん24歳の一世一代の恋は、不倫で、会社の上司で、そして末期がんで、もうこの世にいない人だった。
「小さいお子さんもいたけど、私と関係を持ち始めてすぐに離婚して。付き合ってる時も入退院を繰り返してて、私の誕生日も一緒に病院で過ごしたりしましたね」
元カレは、20歳の時にがんを発病し、就職をした。病気であることはみんな知っていたが、勤勉な働きと誰からも愛される人間性が評価され役員にまでなった。そんな時に入社してきたのがあさこちゃんだった。「奥さんも小さな子供もいて、余命宣告もされていて、それでも一緒にいたかったの?」と控えめに聞いてみた。だって踏み込むには辛いことが多すぎる相手だ。
「信じられないくらいいい人だったんです。会社の中でも人気で……後輩にもすごい慕われてて、社長もすごい信頼してて。だってがんを持ってて、入院するような人に役職なんて与えないじゃん、普通」
話すスピードが加速する。辛さを隠しているのか、思いが募ってつい饒舌になるのかはわからない。
「すごい人だったんだなあって最近特に思うんですよね。仕事もギリギリまでやってたし、男性としてもちゃんとしてたし、必死に生きようとしてた。死ぬ人だっていうことを、まわりもつい忘れてしまうくらいに。ものすごい尊敬もしているし、そんな人に会えたのはうれしかったですね」
あさこちゃんの彼への熱量が伝わってくる。当然ながら元カレもすごい人だったのだろうが、横で見ていたからこその、圧倒されるほどの説得力があった。
「転移する度にちょこちょこ切って。そんな入院がどんどん増えてきて、最終的には切除する部分がなくなったと。だからがんが転移しても、もう切除はできないっていう状態になって。9年の闘病の末、29でこないだの夏に亡くなっちゃった」
「さいご、会いたかったですけどね」と小さく続ける。わー看取れなかったのか、と同情を禁じ得ない。辛い、辛すぎる。
誰が看取ったの? の問いに、驚くべき返答が返ってきた。
「彼女。私の次の。」
……はい!?
そう、あさこちゃんは最愛の元カレと、実は亡くなる前に別れていた。なんでやねん!!
人間って、本当に奥が深い。
≫踏み込んで恋をしよう≪
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