男だったらどうなってた?
神戸の理化学研究所の騒動が、
当事者の暴露本の出版によってまた騒がしいですね。
この事件について
私は当事者の方はたしかに褒められたことをしたわけでもないけど
そんなに悪いことをしたとも思っていません。
この事件は組織としてのチェック機能の無さが一番の問題です。
そこを棚上げにして、個人を吊るし上げても問題は一向に改善はされません。
また、この件で過熱した報道や個人への中傷が原因で一人お亡くなりになられています。
そちらの問題はあまり取り沙汰されていませんね。
私はそちらの方がかなり問題だと思います。
報道が過熱した原因は、私が思うに
研究職という男社会に「女」を使って取り入り、
チェック機能を麻痺させた
という構図です。
でもそれはまさに男尊女卑の発想で、
同じ事件を男性が起こしていたら果たしてこういう展開になったのか
疑わしいものだなと思います。
男だって男を使っている
この件を通して私が強く思ったのは
男尊女卑に加担しているのは男だけではないのかもしれない
ということです。
「女」を使って男社会を生き抜く女が
同性から支持されるというのはあまり聞いたことがありません。
喜ぶのは回りのオカマ・ゲイ達ばかりです。
今回の当事者の方について言えば
同性からは反感しかなかったと言えます。
世間では上司にゴマを擦って取り入る男について
その周囲では多少の反感はあれど、仕方ないかと多くの人は思います。
同性である男側からみると、
「褒められはしないけど、そういう遣り口か」
というように考えます。
よく考えるとゴマを擦って取り入るというのも
男が男ならではの自尊心のくすぐり方で実力者に取り入ることなのです。
つまりは、男も「男」を使って取り入っているのです。
男が「男」を使って取り入るのが黙認されて
女が「女」を使って取り入ると同性から反感をされる。
私は以前、媚を売るのは当たり前という内容の記事を書きましたが、
男とか女とかそういうことは関係なく
力の無い者が、力のあるものに取り入るというのは
競争社会において当たり前のことです。
自らの持つ性的な魅力を十分に使うのも当たり前です。
「女」を使って力を手にしようとする人に対して過剰に反感を持ち、
足を引っ張ることは、
結局、男尊女卑に自らが加担しているということになります。
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