「つまんない女」なんかじゃない

 5歳年上の彼との出会いはインターネットでした。当時、わたしは村上龍のファンだったのですが、ネットの村上龍のファンコミュニティで知り合い、そこで知り合った他の人たちには秘密にして付き合い始めました。

 酒癖が極端に悪い、と先ほども書きましたが、彼は酔うとわたしを挑発する癖がありました。「つまらない、もっと面白く生きれないのか」と。そう言われるとムカッと腹が立ち、「あんたが言うほどつまんない女じゃない」と対抗心が芽生え、そこらで会った女の子を交えて3Pをしたり、乳首にピアスを開けてみたりしたのです。

 いま考えてみれば、「彼氏の評価を得るために行動をする」という時点で、ヤンキーの好むコンサバいい女を目指すのとやっていることはなにひとつ変わらないのですが、けれどもその先に広がっている世界は違っていました。ヤンキー好みのコンサバいい女の行きつくところは、“出産育児をして家庭を守り、義母ともうまくやる嫁”ですが、「つまんない女」と挑発され続けたわたしがたどり着いたのは、アブノーマルに遊ぶ人々がいる世界でした。

 彼とのセックスは、いつもSMの要素が多く含まれていました。それは、お互いに村上龍が好きだったということもあるし、わたしがSMショーでM女をやっていたことも関係していると思います。けれど、わたしが完全にマゾだったかというとそれは違う気がします。

 もちろん責められて快感を得ることもありました。しかし、多くの場合は、刺激されるのは負けん気でした。どんなに酷いことをされても屈しないし、折れたくない。「ああ、それくらいの責めですね、それならわたし、こないだのSMショーの仕事で、もっとすごいことしてきましたから!」という、相手をバカにしたようなわたしの態度が敏感に伝わっているのでしょうか。彼の酒癖の悪さとプライドも手伝って、プレイはどんどんエスカレートしていき、その結果、わたしは少し大きめの怪我をしました。

 大学を卒業した年の、春休みのことでした。SMバーで飲んでいる最中に、隣に居合わせたカップルがSMについて語り始めたのをつまらなく思ったらしい恋人が、寄った勢いで「SMが何だ!」と突然わたしに殴り掛かかったのです。意味がまったくわかりませんが、その人はそういう人なのです。左目をぐるりと囲むように見事に青あざが出来たのですが、その数日後には、就職の決まっていた出版社の入社式に参列する予定がありました。どうすることもできずに、青タンを隠すために眼帯をして式へと臨んだことを覚えています。

 それくらいの頃になると、いったい何がよくてその人と付き合っているのかわからなくなってもいました。けれども別れることは願っていなかった。なぜなら、彼はいまだにわたしに対して、「つまらない、もっと面白く生きれないのか」というような態度で接してきていたからです。「わたしは、あなたと付き合い始めたばかりの、世間知らずの女の子ではもうないのに」と苛立っていたわたしは、別れる前に彼に“負け”を認めさせたかった。

 けれども、彼との付き合いは、ある日突然、終わりが来ました。彼は仕事でヘッドハンティングされて、香港に行くことになったのです。あっけない別れでしたが、一方でやりきれない気持ちもありました。わたしはまだ「面白い女」だと認めてもらっていない。心にわずかな遺恨を残したまま去ってしまった彼と再会するのは、それから数年後のことになります。

Text/大泉りか

次回は <オジサンからの搾取に怒っていた頃に出会った、癒し系のオジサン>です。
イベントを主催して脱いだり、ゲストに呼ばれて脱いだりしていたあの頃、体を張らずにわたしの体で儲けるオジサンが許せなかった……。エロの仕事をする自分を認めてくれるパートナーを探し続けた、大泉りかさんの闘争の記録は続きます。