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  • 2017.08.12

「ノーブラの生徒がいて集中できない」!?好きな服を着るために闘った高校時代

ポニーテール禁止、ブラジャー禁止という校則に非難轟々の昨今。私服登校で校則のゆるかった大泉りかさんも、90年代半ばのコギャルブーム全盛期に、自分の好きな服を着るべく親や学校と闘った過去があったそうです。

服装の規定がゆるかった高校時代

カラーランを楽しむ2人の女性のサムネイル画像
by xusenru

 出産を期に、なにが一番変わったかといえば、服装です。これまで夏ともなればショートパンツにタンクトップだったり、ノースリーブのロングワンピースで涼やかに過ごしていたのですが、なんとなく今年は着る気になれない。
いや、着たい気持ちはあるんです。けれども、保育園に息子を迎えにいくことを考えると、ついフルレングスのデニムに無難なカットソーをチョイスしてしまう。悪目立ちをしたくないというだけで服を選んでいるんですが、本当に楽しくないんですよね。もちろん、「ステキなママ服」というものもあるので、そういったものを身に着ければいいんですが、でも、趣味じゃない。だって、わたしは、夏は肌を出したいんです。昔から。

 わたしが通っていた高校は、制服のない私服校でした。ゆえに校則も緩く、服装の規定は、「校章をつけること」と「校内では、学年ごとに決められた色の上履きを履くこと」の2つだけでした。しかし、校章を付けている生徒は皆無。上履きだけは、ほぼ全校生徒が履いていましたが、指定のものよりも安い真っ白な靴を、指定色のペンで塗ったものを履いていても注意されない、非常にゆるい校風だったのです。

 時代は90年代半ば、コギャルブームの真っ最中です。TRF、安室奈美恵といったコムロファミリーや、雑誌『FINE』などの影響をバリバリに受けまくっていたわたしの私服は、親や教師たちが期待する「学生らしさ」からはかけ離れたものだったと思います。
特に夏は、キャミソールワンピースや背中が半分以上開いたカットソーなど、ケバい上に露出が多い服を好んで身に着けていたので、それをよく思っていなかった母親からは、毎日小言を受ける日々。それでも、気にも留めずにご機嫌で、日々好きな恰好をして学校へと通っていたのでした。

 もちろん学校側も、そういった服装の女生徒に対してウエルカムなムードではありませんでした。けれども校則違反ではないために「そんな恰好をして」と女教師から軽く注意を受ける程度で、具体的に何か指導を受けることもなく、野放しにされていたのです。しかし、ある日をキッカケにして、わたしの服装の自由は奪われることになります。

「ノーブラの生徒がいて集中できない」

 それは、放課後に開かれた父母懇談会の席でのことです。とある男子生徒の保護者が「クラスの女子生徒で、ノーブラらしい恰好の生徒がいる。気が散って授業に集中できないと息子が言っているので、対処をお願いします」と発言したというのです。懇談会から帰ってきた母親からそのことを聞いたわたしは、反射的に「えーー、どこ見てんの、キモーイ!!!」というような反応をしたことを覚えています。わたしの露出が多いことを平素苦々しく思っていた母親さえも、「高校生の男の子が、自分の母親に、クラスの女子のノーブラ疑惑をチクる」という出来事は、驚きだったようで、わたしのキモーイ発言をとくにいさめることもなく、「いくら薄着だっていっても、ブラジャーはしてるわよねぇ」と苦笑をしていました。

 が、これについてはちょっと思うところもあります。当時のわたしは、夏場はパット付きのベアトップを愛用していました。もしかしてそれを、童貞男子高校生は「ヒモがない!ブラジャーしてない!」と思い込んだのではないか。真相はやぶの中です。それはともかく、この件がわたしに与えたのは「キモーイ」という思いだけではなかった。訴えを受けた学校側がそれを理由に、服装指導を行ったのです。

 結果、放課後の生物室に呼び出されたのは、化粧と服装がやや派手気味な女生徒十人ほど。内容は、「袖のない服は禁止」というものでした。もちろん、我々以外でもノースリーブを着ている女生徒はいくらでもいるのに、まるで納得できません。「なんでわたしたちだけが禁止されるんですか?」と尋ねても、当然はっきりとした回答はなく、教師たちは、ただひたすら「学生らしい服装を……」とくりかえすのみ。

 もうどこまで行っても平行線の話し合いに業を煮やしたわたしたちは「じゃあ、校内ではジャージ羽織ります。それなら文句ないでしょう」と提案しました。わたしたちのファッションを、根本から改革したかったらしい教師たちは、それでもまだ不満そうでしたが、仕方なく諦めたのか、我々はそこで折り合いをつけることになったのです。

好きな服を着るほうが可愛い

 しかし、ケバく装うための権利をそこまでして守り続けたのですが、その後しばらくして、あっさりと転向します。きっかけは、新しく出来た彼が清純派が好きだったこと。深津絵里のファンだというその人のリクエストで、黒髪ショートにして、服装もおとなしめの、お姉さん風を目指すようになりました。

 恋愛により世界は変わる。そして、恋愛は人も変える。あれほど頑固に守り続けたこだわりをあっさり手離せることは、「変化できる」という希望でもあります。けれども、「不本意な自分に変えられてしまう」という危うさも孕んでいる。そう、いま、アルバムの写真を見返すと、その当時のわたしは全然可愛くないし、見ていても楽しくない。むしろ、親や先生たちになんと言われても、自分をしたい恰好を貫き通していた高校時代のほうが、ずっと可愛い。

 そういうことを考えると、やっぱり誰になんと言われても服は自分の好きなものを着た方がいい……というわけで、高校時代の心意気を思い出して、再び好きな服を着ること、そして、保育園のお迎えの時は、上にジャージを羽織ってやり過ごすことを、始めようと思います。


Text/大泉りか

童貞の疑問を解決する本. 書籍版

ライタープロフィール

大泉りか
キャバ嬢、SMショーのM女、ボディペインティングのモデルなどの経歴を経て、現在は官能小説家、ライトノベル作家。
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